生キ接木<イキツギ>

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 翌朝、町を出る時、外壁のまえに大人たちがあつまっていた。  ぼくはローブで顔をかくしながら、会話の内容を盗み聞きした。 「なんでさらに壁高くする必要があるんだよ」 「静かにしろ。聞こえるぞ」 「あの散弾銃でキマイラをさっさと殺せばいいのによ。お偉いさんはなにを躊躇しているんだ」  会話の内容から察するに、キマイラの飛行能力が高くなっているようだった。今の状態なら飛び越えれない計算だが、さらに成長すれば、町に脅威が及ぶ。それをみこして、町の土工をよび、壁の増設をおこなうらしい。  正門には人が多いため、ぼくの外出を目撃される恐れがある。  なんとかして、かいくぐる方法はないか。  かんがえていると、壁のむこうから一羽のスズメが入ってきた。 「ピースケか」  その澄み切った茶色の嘴にはみおぼえがあった。一昨日、アサナギのツリーハウスでみかけたスズメである。  ピースケはぼくの肩にのり、ピピッと鳴く。 「ついてこい、ってことかい」  ピースケはそのままぼくの先を飛んだ。彼のあとにつづき、壁伝いを歩いた。  その先の壁には、子供一人くらいなら屈めば通れる穴が開いていた。 「悪ガキが冒険用に作ったのかな」  もしかしたら今日の補強作業で穴をふさがれる可能性がある。  近くのゴミ捨て場から、ロープをみつけて荷袋に入れた。帰りは外の木を登って入ることになるかもしれない。  一雨がふっていなかったから、この前目印として地におとした赤い木の実は、そのままになっていた。だが、ピースケの道案内があったから迷子の心配はなかった。  ピースケは人懐っこい性格だった。  ぼくが呼びよせると、ちいさな嘴をカチカチと鳴らしながら頬ずりをする。赤い木の実が好物のようで、疲れた時にはあたえた。  声をかけると、まるで人のことばがわかるように、さえずる。 「今日はね、世界古都集をもってきたんだよ」  道中、世間話がてらピースケに語りかける。  その雑誌には、太古の世界の町の様子が描かれている。もう何千年も前の話……らしい。大衆の読み物として町民は雑貨屋で買えるが、その内容をカゼユキは信じていない。  ――所詮、どことぞやの三流作家の絵空事さ。  ――馬よりも早い鉄の乗り物とか、あらゆる人智のつまった光る物体とか、鳥でもないのに空を飛ぶとか。しかもそこから人を一瞬に死に貶める火を落とすだって? 頭いかれてるんじゃないのか? なにもかも現実味がない。 「都。昔は今みたいに町ごとに人々は分裂してなかったんだ。都を中心に人と建物があつまり、よその町を助ける。デンシャっていうのがあってね、それで町と町をつないでいたんだ。便利だけど窮屈でもあった。ツウキンラッシュってのが大変だったらしいよ……ほらみて、この箱のなかに人がたくさんつまっているだろ? こんなことが当たり前だったんだ。ピースケは今と昔、どっちがよかった?」  ピースケは興味なさそうに先を飛んだ。  ツリーハウスにはこの前より早く着いた。きっと、ピースケががんばったのだ。  おかしなことに、この前アサナギが顔を見せた穴がなくなっている。大樹におさまった箱は、その四方すべて茶色く塗りつぶされていた。 「ばぁ!」  困っていると、バンと音をたてて、この前とおなじ箇所に丸い穴が開いた。 「ふふふ。ここ、開閉式の窓になっているのよ。じゃないと、横殴りの雨がふった時にびしょぬれになっちゃうでしょう? びっくりした?」  ぼくの肩にとまっていたピースケがアサナギのもとへ飛んだ。 「ピースケの道案内のおかげで迷わずにつくことができたよ」 「私、トオルがくるの最初からしってたのよ? ピースケ、あの日からあなたのこと気に入ったみたいで毎朝あなたの家にまで遊びにいってるの。あなた……ドロボーみたいにヒソヒソと穴から逃げてったね」  口元に手をあてて、ケラケラとアサナギは笑う。 「どうして、しってるの」 「あら? このまえいわなかった? 私、小鳥たちとは視覚を共有できるの。だから……、ピースケがいるときには、おしっこをしたらダメよ?」  アサナギは頬をピンクに染める。  少女のようだとおもった。イヤ、彼女はたしかに少女なのだが、町の子供たちとちがい、どこか達観したたたずまいから、大人っぽくみえていた。 「あれ?」  ぼくは先日と今日の相違点にきづく。 「今日は、家の玄関につづく梯子がないね」 「そうなの?」  アサナギは小首をかしげる。 「今日は君に本を見せてあげようとおもったんだけど。これじゃあ家にあがれないね」 「今朝早くマスターがきたから、梯子をお仕事にもっていったのかもね」  マスター。  それは、アサナギのお父さんだろうか。
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