生キ接木<イキツギ>

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「私は人が嫌いなんだ。早く答えろ」  その人は手にクワ程の長さの猟銃をもっていた。発砲の煙がふきでている銃口は、ぼくの心臓へむけられていた。 「迷子の、子供です。助けていただきありがとうございます。撃たないで」  ぼくは両手をあげた。  髪がとても長い。腰の近くまである髪はきめ細やかで、清潔な印象をもった。前髪で片目は完全にかくれ、もう片目もほとんどみえない。肌は色白で、中性的な顔つきをしていたため、男女の区別がつかなかったが、声音的には男性であった。キタトリの町ではみかけない、異国のオーラを放っている。  男はぼくを虚無の目でみつめ、なにか思案しているようだった。片時もその銃口をぼくから離そうとしない。 「殺すか」  シャコンと空薬莢が地を打つ音と、ため息交じりのつぶやきがきこえた。  ぼくは目をつむり、神への祈りをささげた。宙から木の葉のゆれる音と、翼を切る音がきこえた。ぼくは今にもおとずれる死の瞬間を待っていたが、銃声は鳴らなかった。恐る恐る目をあけると、猟銃の先端にピースケが舞いおりていた。ピースケは男をみあげて、抗議するようにさえずりをあげている。 「ピースケ」 「なぜ、コイツが」  男は無感情な目でピースケをにらんだ。  ピースケはさえずりをやめて、しずかに男をみつめかえした。  やがて銃をおろし、男は仕留めたグリファランのもとへゆく。ピースケはぼくの肩に飛び乗った。 「アサナギ、君か?」  ピースケはなにもいわずに、小首をかしげた。 「なるほどな」  男は一瞬足をとめてぼくを一瞥すると、懐から大ぶりのナイフをとりだし、グリファランの巨大な翼を切り始める。肉が千切れる嫌な音とともに、その根元から赤い血がこぼれおちていく。  ぼくはそこできづく。  グリファランは死んではいなかった。胸元がゆっくり上下している。麻酔銃。つまり、眠っているだけだ。 「あ、あなたはなにがしたいんですか? グリファランを食用に捕獲するのは禁止されています。あなたのやったことは罰を受ける行為ですよ」 「所詮は人が人の為に作ったルールだろう」  男の冷たい声がぼくの胸に重くのしかかった。 「君は、なぜ彼らが人に攻撃をしかけるとおもう?」 「彼ら? グリファラン?」 「コイツだけじゃないさ。ほかにも、いろんな動物。爪と牙をもった動物」 「それは……もちろん、捕食するためでしょう」 「いや、ちがうね」  男は一瞬作業の手をとめて、ぼくのほうをちらりとみた。 「彼らは怒っているんだ。住処をうばわれ、人に虐げられた過去が彼らの闘争本能を刺激する」  男がふりむく。森のおくから風がふき、霧がどこかへ散ってゆく。  風は一瞬、男の頬にかかった髪をゆらした。  かくれていた男の肌は雪のように白かった。 「本当の神様。それを彼らは求めているんだよ。私はただ、手を差し伸べているにすぎない」  その目に宿る感情に、ぼくは名前をつけることができない。  憎悪、諦観、憐れみ……。  そのどれもであり、どれでもないような気がした。 「手を、差し伸べている?」  ぼくは汗だくの手を握りしめ、翼を切り取られたグリファランの体をみた。 「ふざけないで。あなたは動物を傷つけているだけでしょう?」  男はグリファランの翼を一度地におき、胸にかかっていた笛をふいた。  歪な音が空気を満たし、胸をひっかくような嫌悪感がぼくを襲った。  たまらずぼくは耳をふさいだ。 「人間、少し黙れ」  男は感情のない目でぼくをみる。やがて、空から唸り声がきこえた。背筋がすくみあがった。  歪な羽音を響かせながら、そいつは彼の横におりたつ。  この前森であった、巨大で凶悪な獣。 「なぜ、ここに」  それは、キマイラだった。  キマイラは男のほうを一度見たあと、しずかに唸りをあげて、ぼくをみつめた。 「どういうことだ? なぜコイツを襲わない?」  男は訝しげにキマイラの方をみて、ちいさく笑った。 「……おもしろいじゃないか」  ぼくは先日、森でキマイラにあったことをおもいだす。  今日の彼の瞳も、あの日とおなじく、怒っているようにもさみしそうにもみえた。 「帰るぞ」  男はキマイラの体にグリファランの翼をくくりつけ、自身も背にまたがった。  ぼくは彼の背中にピンクのクマのぬいぐるみがあるのにきづく。  彼らは森の夜空へときえていった。
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