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外壁には工事のためのかがり火が焚いてあった。まだ壁は増設の途中で変化はなかった。外壁に寄りかかって酒を飲む土工の姿が散見された。
ぼくはでた時とおなじように、抜け穴から身をかがめて町へ入った。用意していたロープは、そのまま荷袋に入れておいた。
腹にできた傷を治療するため、薬局で包帯を買った。
空き地で傷の治療をしていると、町のどこかで銃声がきこえた。カゼユキがいってたように、軍が散弾銃の練習をしているのかもしれない。
「……」
町がさわがしい。中央の広場で、オレンジのランプをかがやかせた屋台がならんでいる。陽気な音楽とともに人々は酒を飲み、顔を赤くしている。
ぼくはガーリックトーストを数枚買った。すこしだけかんがえて、チーズパンも購入した。
隊をなした兵士ともすれちがう。彼らはあわただしい様子でかけていった。
家の前で、はためく赤いマントがみえた。カゼユキだ。
「よぉ、トオル」
「そのマント、どうしたの? わかった、ファッションショーにでるんだ」
それは保政官がつけるマントであった。
「イヤ、保政官をしているおじ様にもらったんだ。今年で定年だからやろうってさ」
夜風がふたりの間をながれる。
「俺、保政官になれるかもしれん」
「よかったじゃないか」
カゼユキの腰にはピストルの入ったホルスターがあった。
「そのピストル、よく似合っているよ」
外からキタトリの町へきた保政官はみな、ピストルをもっていた。カゼユキがだれの伝手で保政官になるのか、すこしわかった気がした。
「……」
保政官になるのはカゼユキの希望だったはずだが、彼は浮かない顔をしていた。
「どうしたんだい? なんだかえらく静かじゃないか。鳩みたいだ。そのピストルの代金代わりに豆鉄砲でもくらったか? 鉛玉じゃないだけましだろうよ」
「森で銃声があったの、しってるか?」
カゼユキの問いに、ぼくはキマイラの背に乗っていた男をおもいうかべた。
「しらない」
「……そうか」
またどこかでパンと鳴った。
「さっきから町でも銃声が鳴っているよね? これ、花火じゃないよね……町長の誕生日の祝砲にしては、すこし品がない」
「アァ。キマイラを駆除するための散弾銃の練習だよ。仮設の射撃場を作ったんだよ、昨日。ガナードのオッサンはそれで事故ったわけ。そこでさっきまで俺も試射してた」
カゼユキは腰のピストルに手をあてた。
「道理で」
固まってたカゼユキの表情が、すこしだけやわらかくなる。
「屋台があったろ? キマイラ討伐の成功を祈って、祭りをやっているんだよ。ハハッ、倒してから祭りをすればいいのにな」
「ピストル、ぼくでもつかえるかな?」
「トオルは自慢の弓があるだろ? オマエの細腕だと遠くまで吹っ飛んじゃうよ」
そんなことを話していると、家の中から芳ばしい香りがただよってきた。
母さんがご飯の支度をしているようだった。
ぼくはカゼユキを晩ご飯にさそったが、帰るようだ。
「今から保政官の仕事を手伝うことになってるんだ」
家に入り、母さんの晩ご飯の支度を手伝った。
「トオル。今日はどこにいってたの? うれしそうな顔をしているね」
食事の途中、母さんがたずねた。パンが喉につまりそうになった。
「カゼユキが保政官になれるかもしれないんだって」
咄嗟にごまかす。森へ女の子に会いに行ったとはいえない。
「そう……あの子、とてもやさしい子だからね。町の皆のこと、とっても大事にしてて。トオル、ちゃんとカゼユキ君と仲良くして、なにかこまっていることがあったら助けてあげるのよ」
ぼくは曖昧な返事でお茶を濁し、薬缶のお湯を沸かしなおすことにした。テーブルに戻る時、母さんにお酒がいるかきいたが、母さんはしずかに首をふった。
「パパもいないから、お酒が余っちゃうわね。カゼユキ君にお祝いとしてあげたらどうかしら?」
母さんはふいに、胸をおさえた。
ぼくは鎮静剤とお湯を母さんにわたした。母さんは薬を飲み終えると、布団へ戻っていった。母さんが夜に灰化の痛みに襲われるのは珍しいことだ。
その後、皿洗いをしながら、町にひびきわたる銃声をきいた。
キマイラを倒す――カゼユキはそういっていた。そんなこと、できるのだろうか?
キタトリの町は、幾度となくキマイラを討伐しようとして失敗してきた。慣れない武器を手にして、返り討ちにあうのではないか。
あの男のことも心配だ。銃の扱いにも、キマイラの扱いにもなれていた。アイツがキマイラの『飼い主』だろうか? キタトリの町がキマイラを討伐するということは、アイツとも敵対するということだ。生命に対して人並ならぬ憎悪をもつあの男の非情は、大きな脅威になるだろう。
また、アイツはピースケを知っているようだ。ピースケとアサナギは接点がある。
蛇口からでる水をとめた。
もしかしたら、アイツがアサナギの『マスター』だろうか?
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