あ、終わったかもしれない

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あ、終わったかもしれない

 自宅のポストのから封筒を取り出した。家の中へ戻り、机にそれを置く。私はその封筒を睨みつけた。ああ、緊張する。面接やらかしたし、ちゃんと受かってるのか。結果が出ていないこの約ニ週間。不安と心配がぐるぐるとしていた。入りたい高校に行けるか行けないか。人生が決まる瞬間が訪れる。 「小春(こはる)、結果はどうだったの?」  私の様子を知ってか、知らずかわからないが、ぱたぱたと歩いて近づいてくる母。そんな母に私は一言。 「まだ開いてない」  そういうだけで精一杯だった。封筒の中身、たった一枚の紙、その一部の文字を見るだけなのに、嫌に胸がどくんっどくんっと鳴る。 「心の準備はあると思うけど、お母さんも気になってるのよ。あの時の小春だめかもなんて言ってたから」 「それはだめかもしれないって思ったんだもん。だって、言葉に詰まったし、答えるのにもしどろもどろになったし」  あー、あの時はどうやって伝えるのがいいんだろうかと頭がパニックになった。そのせいで、独り言のようにぶつぶつと小さく声に出しながら、考えを話していたと思う。一体、何を言っていたのか。詳しいことは忘れたけど、恥ずかしいし、考えまとまってなかったし、意味わかんない事を言っていただろう。永遠に葬り去りたいものだ。思い出したくもない。 「まぁ志望動機は言えたんでしょ?」 「そ、それはちゃんと言えた。紙で提出した志望理由でもいいから自分の口でって言われたから。書いたことそのままだけど、何とか伝えられた」 「なら、大丈夫でしょ。……心の準備は終わった?」 「ま、まだ!! てか、持ってきてすぐに、よし!! 開けようって思えないって」 「じゃあ、小春がにらめっこしてる間にお母さんは見ちゃおう!!」  さっと封筒を奪っていった母がハサミを手に取って、封筒の上を切った。ハサミを置き、ごみを捨てる。椅子に座って、封筒から中身を取り出した。母の手には一枚の白い紙。 「えっ!?」 「ぅえっ!!?」  その驚きはどっちの驚き? 受かってた方かそれとも受かってなかった方か。母があげた声にびっくりして思わず変な声が出てしまった。心臓がばくばくしてるよ。それで、結果はどっちなの? え、なんで出したものを封筒に戻すの? 「小春ちゃん、見てみて」  神妙な様子の母。開いている封筒を私に差し出してきた。立っていた私は座っている母と対面になるように椅子に座る。合否が載っていると思われる紙を手に取り、ゆっくりと取り出した。目を瞑り、深呼吸をする。薄く目を開けて、紙を見ると――。そこには――。  約二週間前のことを思い出す。  大きな目覚ましの音が鳴り、ハッと起きた。朝の早起きは苦手だ。目がしょぼしょぼする。今日は入試の面接日。「よしっ! 頑張るぞ」という気持ちと「大丈夫かな。ちゃんと話せるかな」という不安。母が作ってくれた朝ごはんを食べて、歯を磨いて、制服を着て、受験票などの必要なものが入っているカバンを持つ。まだ会場に着いてもいないのに、行く前からガチガチになる体。 「今からそんな強ばった顔して本番大丈夫かしらね?」 「だいじょばない」  母の車で駅に向かってもらっている中で、こんな会話をした。駅に着いて、車を降りた時には、母から応援の言葉をもらった。 「じゃあ、気をつけるのよ。頑張ってね!」  私はそれに頷いて、扉閉めた。たくさんの人がいる駅で切符を買い、目的の駅にいく電車が来るホームで待つ。冷たい風が吹く中、首に巻いたマフラーに顔を埋めた。手はポケットの中にあるカイロで温めた。電車の中は外と違ってあったかいだろう。私は電車を待つ。座れるといいな〜。  電車に乗って、空いていた席があったので、座ることができた。ここから会場の近くの駅までは一時間ほどかかるだろう。遅延することがないといいけど。  私は、駅に着くまでの一時間、面接の入室と退室のやり方を思い出したり、作った質問カードを見て心の中でそれを答えたりした。何をやっていても大丈夫かな、大丈夫かなって焦りと心配と不安が付き纏う。いろんな感情が押し寄せていたので、落ち着いていなかったと思う。  目的の駅名がアナウンスされ、降りる準備をした。電車が止まり、さっとそこから降りる。私は会場へ向かう。  事前に道を調べていたので、迷うことなく、会場に着くことができた。案内のポスターを見て、待機場所まで行った。係の人がいて「こちらです」と教えてもらったので、移動途中で困ることはなかった。  あー、とうとう来てしまった。緊張する。吐きそう。待ち時間いつまであるんだろう。え、最後の方かな。落ち着けないし、早くやってこの緊張感から解放されたい。待機中にはこんなことを思っていた。ただ、それだけではなく、待ってる間にまた面接でどう答えるかを考えていた。 「〇〇〇〇〇番の方」  あ、呼ばれた。荷物を持って、係の人について行った。歩いている中でもいろんなことを考えている。ドアを叩く時はトントントンだったよね? 三回叩くんだよね? 「どうぞ」などの了承の声が上がったら入室するんだよね? ドアの取手は両手で持つんだよね?   騒がしい自分の心と静かな廊下。頭に飛び交っている情報は合ってるよ、と誰か言ってくれ。心の声を答える人は自分しかいないので、それは無理な話だ。落ち着け、私。そう自分に言い聞かせるしかなかった。  とうとうドアの前に来てしまう。会場に着いた時点ですでに始まっているとはよく言うけど、本番だと思うとさらに緊張も高まるし、ぶるぶる震えてくる。一旦落ち着くのに深呼吸した。覚悟を決めて、トントントンとドアを叩く。  「お入りください」と声が聞こえた。両手でドアの取手を持ち、開ける。「失礼いたします」と言って、中に入った。面接官は三人。三人もいるのかと思いながら、ドアに向き直り、両手で閉める。「荷物はそこに置いて」と言われ、近くの置き場所に荷物を下ろした。その後、面接官の方々に向き直り、「よろしくお願いいたします」と言って一礼。それからイスの左側まで歩いていった。 「えー、受験票をこちらにお願いいたします」 「は、はい!!」  指示に従い、面接官の一人に受験票を渡し、イスまで戻った。受験票をここで面接官に渡すのかと、ちょっと思っていたのと違うことがあった。それなので、内心はあわあわしていたし、どうやってイスまで戻ればいいんだろう、となった。なんとかなったけど。 「では、受験番号と中学名、氏名をお願いします」 「はい、〇〇〇〇〇番。〇〇中学校の美浜小春(みはまこはる)です。本日はよろしくお願いいたします」 「では、おかけください」 「失礼いたします」  席に着いて、背筋をピンっと伸ばす。 「緊張してますか?」 「はい、してます」  声が震えるくらい緊張しているので、素直に言った。細かいことは覚えていないけれど、面接官の一人が優しかった。きっと気を遣ってくれたんだと思う。その後、前置きが少しあって、質問される。 「それでは、この高校の志望動機をお聞かせください。これに書いてあるものと同じで構いませんので、あなたの口からお願いします」  これに書いてあるものとは、願書と一緒に提出するものに書いたものだろう。いくつかの項目があり、志望動機や課外活動などについて書いた記憶がある。ああ、ええっとなんだったっけ? 落ち着け。落ち着け。 「はい、私が貴学を志望した理由は二つあります。一つ目は、英語や数学などの教科が個人のできるレベルによってクラス分けがされるので、苦手な教科でもしっかり学べると考えたからです。二つ目は、――」  声は震えるが、書いたことを思い出しながら、話していく。一瞬頭真っ白になって、「どんなことを書いてたっけ?」ってなったけど。こういう時は焦ったら余計にパニックになるから、深呼吸をした。ゆっくりと、自分のペースで、答えていく。一つの質問に答え終われば、次の質問がやってくる。その繰り返しだ。 「この学校に入学してやりたいことはありますか?」 「この学校のオープンキャンパスに来ましたか? どんな印象を持ちましたか?」 「将来の夢はなんですか?」  一つ一つ丁寧に自分が答えられることを話していった。将来の夢は絵を描く関連の仕事をしたいと言った。そしたら、「絵はどこかで投稿していますか?」や「投稿した絵にコメントをもらったことはありますか?」と聞かれた。  「そんな深く聞かれるの!?」とびっくりした。思ってたのと違う質問だったので、どうやって答えようと少し黙ってしまう。投稿してるのかと言う問いには、ネットでちょっと投稿してるので、すぐ伝えられた。ただ、コメントはもらったことがないし、コメント機能をオフにしている。さて、どう答えるか。そう考えているのだが、口は先に動く。まとまっていない答えでもごもごと要領を得ない言葉を発している。 「あー、えっと、せ、せきゅりてぃーが心配で……」  アカウントの乗っ取りとか? この部分は心の中で言っているが、もうすでに口に出しているところがあるのよね。もごもごと馬鹿なことを話している私。何言ってるのこの口。何考えてるのこの頭。コメント機能解放してたって乗っ取りってほぼほぼないじゃん。「考えがまとまってから話そうか?」と自分でも思ってしまう。  黙っているままはまずいけど、「ちょっと考える時間をください」とか言えたはず。でも、コメントもらってるかもらってないかだから、そんなに考えることでもない。なんと言えばいいのか。不意打ちすぎる質問で頭は真っ白。何も考えていないのに思ったことをそのまま言葉を発している私。すでに顔は真っ青だろう。 「その、えっと、……コメント機能はコメントをいただいても返事ができないので、オフにしています。そのため、もらってないです」 「せきゅりてぃーが……」のところいらなかったよね。ほんと、意味わかんないこと話してしまった。おどおどしちゃったし。泣きそう。その後もいくつか質問があったかもしれないが、変な答え方をしたせいでこの辺は曖昧だ。  長く感じた面接は、面接官の合図で終わりを迎えた。イスから立って「ありがとうございました」と言い、一礼。ドアまで歩き、面接官の方々に向き直って「失礼いたします」と礼をした。荷物を持ち、ドアを開いて外に出る。ドアに向き直り、閉めて、係の人に従って帰った。  退室してから、帰宅の間はもうあのトンチンカンな答えで頭がいっぱいだった。心の中では「やってしまった! やばい。あー、なんでうまく答えられなかったんだろう。わーーー!!」と荒ぶっていた。車で駅まで迎えに来てくれた母が「どうだった?」と聞く。私は「やらかした」と一言。 「でも、質問にはちゃんと答えられたのよね?」 「答えたけど……」 「じゃあ、大丈夫よ」  フォローしてくれているのはわかるが、今回の母の大丈夫は当てにならない。受かってるといいなー、と希望は持っている。でも、私は盛大にやらかしたと思っているので、心は穏やかではない。しばらくは、「あー、落ちてたらどうしよう」でいっぱいだったもん。あと、先生。最近のニュース聞かれるよって言ってたけどさ、聞かれなかったよ!! 考えてたのに、と恨めしく思ったのは秘密だ。その質問にも備えてたのに。それだけじゃなかったけど。聞かれなかったことはたくさんあるけど。気合い入れてただけに残念に思う。  そういえば、入試の面接前夜はベッドに入っても寝れなかったなー。結局朝の三時くらいまで起きてたし。  ベッドに入る。寒くて、毛布に包まった。寝ようとぎゅっと目を閉じるが、睡魔はやってこない。どきどきと脈が早くなってる気がした。受からなかったらどうしようと不安になる心。そのせいか、寝れない。眠れなかった。  嫌だな。できることはすでにやったはずなのに、頭にすぎるのは心配ばかり。夜の深い時間で、もう寝ないといけないのに、眠りへの誘いはない。ほんと、朝起きれなかったらどうしよう。いろんなことを考えてしまう。そうなるものしょうがないことなのだが……。  誰しも緊張するよ。入試の合否を決める面接だなんてさ。あー、無理。吐きそう。先生に言われたこととネットで調べたことで対策して、質問と答えのカードみたいなの作った。何度も何度も見て、読み返した。これをやってはいるが、本番で覚えたことを話せるか心配になる。緊張で頭が真っ白で何も浮かばないなんてこともあると思うから。しかも、私、話すの苦手だし。そこはどうしようもないので、自分でなんとかするしかないのだが……。他にも、面接マナーに気をつけないといけないわけで……。 「待っている間、入室から退出。扉の開け方ってどうするんだっけ? 座る時は相手からの許可が出てからだよね? 椅子に座る前は左に立つんだっけ? その前に面接会場着くまでにアクシデントに見舞われるなんてことにはならないよね? 電車遅延して、遅刻したらどうする? 電話番号控えとかないとだよね。あー、やばいよー。無理だよー」  心の中で悶々と考えて、不安事と心配事が増える。失敗したらどうしよう。受からなかったらどうしよう。怖い。怖いよー。そんなことしか頭にない。何かしてないと落ち着かなくて、何かしてても落ち着かない。だから、自分なりの対策をやることにしたんだ。入室時と退室時のドアの開け方などを考える。自室のドアでそれを練習する。また、どんな質問が聞かれるかわからないけど、やらないよりはマシだ、と作ったカードに書いた質問に答える。寝れないなら、寝れるようになるまでやればいいのさ。  先生に面接練習付き合ってもらったし、あとは自分でできることをやるしかないんだから。最後の詰め込みってやつだ。寝ることも大事だけど、嫌なことばかり頭に浮かぶなら、行動するしかない。そう思って、いろいろとやっていたが、大人しく何も考えずに寝ておけばよかったと次の日の面接終わりに思ったのである。あの行動が間違いだったとは思わないが、寝不足でなかったら、もっとちゃんと答えられてたのかな、と考えてしまう。 「おめでとう小春。よかったわねー!!」  母のお祝いの声。手元にあるのは合格の文字が入った紙。良かったとほっと一息。その次に「受かった!」という嬉しさ。あの時自分でも何を言ってるのか不明だったもんな。ほんと受かって良かったよ。 「まあ、お母さんは受かったと思ってたけどね!」 「え、なんで??」 「だって、封筒が分厚いから。いろんな書類入ってるだろうし、受かってるんだろうなーって思ってたよ」 「それ、先に言ってよ!! 私の不安はなんだったの?」 「良かったじゃない。受かってて。じゃあ、今日は高校の合格お祝い記念ということで、良いもの食べましょ!! お父さんにも報告しなきゃ」  パタパタと忙しなく動く母。私よりも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。私は改めて合格の文字がある紙をじっと見つめる。「本当に落ちてないよね? 受かってるよね?」と言う気持ちが湧いてきて、確認する。もちろん、合格の文字が不合格に変わることはなく、「ああ、ちゃんと受かってる」と実感した。本当に落ちてるかもしれないと思ってたので、「受かっててよかった」と心から思った。ほっと安心してからじわじわと嬉しいの気持ちが湧いてくる。こわばっていた顔も和らいだように思う。 「あっ! 小春ちゃん。お金の入金、書類の提出期限などはちゃんと見てちょうだいね。お母さんもあとで見るけど、小春ちゃんも把握しておいてね」 「あ、ハイ」  突然、何かを思い出したように声をあげた母。私は言われたことに対して、短く返事をすることしかできなかった。母よ、しっかりしている。  もう少しこの嬉しさに浸らせてくれと思ったが、合格したからと言って高校に入学できるわけじゃない。資料には目を通しておかないと、あとで困るのは私自身だ。入学できないってことになったら、絶対に泣く。書類書くの大変そうだけど、やることはキッチリやっておかないとね。  さてさて、我慢してたゲームでもしようか。ゲーム終わってから見ようっと。明日には絶対に見る。でも、気になるからゲームやる前に見ておこう。自分の部屋に行って、封筒から書類を取り出し、期限などを確認した。  ――その夜。豪華な食事を前に、父からもお祝いの言葉をもらった。 「合格おめでとう。お祝いに何か欲しいものはあるか?」 「えーと、五万円の現金かな。それで好きなものを買う!」 「現物にしなさい。現物に。だいたい五万円は高すぎる。もうちょっと……」  冗談だから、そんな怒ったように言わなくてもいいと思う。ほんとは自分用のノートパソコンが欲しいけど、この様子だと難しそうだな〜。
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