結婚式

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「ほんとうに切るんですか。小雪さん」  不安げに聞いてくる美容師を前に、私は強く頷いた。鏡に映る私の髪は、巻いていても胸の高さまである。それを今日、ショートカットする。相変わらずの突然の思い付きを実行するのは初めてだった。  美容師である若い男性は、五年間私の髪を手入れしてくれていた。だから私がどれほど髪に命をかけてきたのか分かっている。アイロンを通すのは仕方ないにせよ、私は髪の毛を染めたことがない。いつでも艶めく私の髪。私の顔は憎んでいても、私の髪は好きだった。それなのに私は長い髪にさよならを告げる。 「俺、初めて担当したお客様が小雪さんだったから、ちょっと悲しいっす」 「私は蓮くんだから頼んだのよ。五年前に比べて腕も格段に上がっているし、あなたなら私に似合うようにしてくれるでしょ」 「そう言われたら切るしかないっすね」  蓮は私の巻いた髪を梳き始めて、シャワー台に連れていく。 「相変わらず、柔らかい髪ですね」 「そうね、随分前から大切にしていたから」 「それなのに……、いやお客様にこれは禁句ですね。すみません」 「いいの。それよりごめんなさい。予約も入れずに朝早く来ちゃって」 「いいっすよ。小雪さんですから。それに予約しているお客さんは午後に来る予定ですから」 「ありがとう」  蓮は真剣な表情になり、私の髪を何分割かに分けて切り始めた。小刻みに動く散髪用のハサミからは、刃物が擦れる音がする。私は殻を丁寧に切ってもらっている気がして心地が良かった。小雪さん、と声をかけられれば、長かった髪はいつの間にか肩より短くなっていた。蓮は「これからどう切りますか」と私の希望を聞いてきた。私は朝に調べておいた女優をみせた。今人気の女優。私はこのくらいの色味にもしたいことを伝えたのだが、案の定反対された。 「お客様の要望に添えないことは申し訳ないですけど、小雪さんは黒が似合います。それにただ女優の写真を真似するだけじゃ面白くない……。お客様が一番美しくなるように、俺はいつも切ってるんですから」 「蓮くんがそんなに言うなら仕方ないわね。は切って貰えることだし」 「はい、すみません」
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