結婚式

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 彼は丁寧に形を整えていった。細かく刻むハサミ。刃が擦れる音が何度かする。私は彼の癖である、この音が嫌いではなかった。目を瞑った。私の理想像を何度も描く。似合わなかったらどうしよう、と不安も押し寄せてくるのだが、どうせ最後だと(たか)を括った。もういいですよ、と柔らかな声で伝えられ、ゆっくりと目を開ける。  見覚えのない私。襟足は希望通り短くしてもらった。相馬くんがカットクラスを外してくれる。艶のある髪が揺れる。いつの間にか前髪までオイルでまとめてもらっていた。期待していた全身像とは程遠かったのだが、やはり彼はわかっている。私が似合うものを。それは美しく、同時にただの劣等感を抱いた。 「ありがとう、相馬くん。綺麗よ」 「えぇ、小雪さんは綺麗です」  髪の毛が、と言いかけたのだが止めた。おそらく忌み嫌っていたその言葉は最後になるだろうから。最後が彼でよかった。遥でも、親でも、昔の友人でもなく、彼に言ってほしかった。近すぎず、遠すぎず、丁度いい彼。 「本当にありがとう。思い出になったわ」 「そんな、大袈裟ですよ」 「本当にいい思い出にするわ。死に際に思い出すくらいに」  思ったほど湿った声が出て、驚いた。だが一番驚いていたのは相馬くんだった。目を見開いて、一瞬表情が固まる。すると一気に表情が崩れて、笑顔があふれた。 「やだな、小雪さん。またいらしてください。僕はあなたの髪をいつでも切りますよ」  その言葉に私は苦しくなって、早々に代金を払った。わざわざお店の外まで出てきて手を振る相馬くんに微笑みかけると、満足げに帰っていった。  私は歩き出す。眩しほど照る太陽を避けようと、店が並ぶ歩道に視線を逸らす。窓に映る、髪の短くなった私。真下に落ちる足と髪を見比べ、私は嫌な笑みを浮かべた。紅く染まった唇が、私を侮蔑する。
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