結婚式

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 一人で住むには大きすぎる家に帰ってきた。ずっと昔、四人で住んでいたときも広すぎたのに、たった一人になった。使われてない部屋が二つほどある。父と母の部屋。彼らが死んだ後、掃除を済ますだけで遺品は処分しなかった。思い出とか、愛情とかはあまりなかった。ただ、タイミングを見失っただけ。  私は便せんを探しに父の書斎に入った。三日ぶりの埃っぽい部屋。本ばかり多い部屋。主張が激しい引き出し付きの机。味のある木製の机の上には、やたら古い書類が散らばっていた。一番目の引き出しを開ける。何度も確認したので覚えていた。別に便せんくらい買えばよかったのだが、あんなことで使うなら古びたほうがいいと思った。  少し黄ばんだ便せんを、一枚。私の告白は一枚で十分だった。  少し迷った結果、ここで書くことにした。遥の部屋で、なんて汚すような真似はできない。散々汚したはずなのに、(はばか)れた。  私は一度キッチンに戻り、一番使い慣れた包丁を取り出した。刃が一度光る。念のため、何度か研ぐ。真新しい付近で十分拭き、書斎に戻る。  三番目の引き出しに万年筆があった。この人は鉛筆もボールペンも滅多に使わない。使うのは高価な万年筆一本だけ。そこら中にある紙に試し書きをしたのだが、色あせない黒色がのった。  冷たい椅子に座り、私は書く。自然と文字は細くなっていった。  なぜ私は、こんなにずっと生きていたのだろうか。死を覚悟してからとうに十年は過ぎている。毎日死にたいと思って、毎日遥を欲した。日が過ぎれば幸せが訪れる、そう信じて遥を汚し続けた。死んじゃえ、私なんて。心の中で何千回も唱えた。私は早く、死ぬべきだった。  遥を地獄に追いやった私は、神に許されるのだろうか。懺悔の言葉を古い便せんに綴りながら、無表情で泣いた。声は出ない。感情は、静かだ。それなのに私の瞳は大量の涙をこぼしている。ふやけたつまらない紙切れに写る文字は、滲んでいる。それでも私は、告白した。私の犯した過ちを。 「私が、親を殺しました」  それが償いの言葉だった。  遥、いとおしい遥。私のことを、どうか忘れないでください。私の過ちを、どうか思い出してください。この最低な姉のことを、ただの家族として風化しないでください。  朝昼晩使う包丁。遥との、日々。包丁には見慣れない女が映った。  そうして私は、日常が染みついた包丁で首元を掻っ切った。口紅のような赤色は、ドラマのようにはとばなかった。
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