結婚式

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「遥が高校生の頃は贅沢させてあげれなかったから」 「ううん、お姉ちゃんといれただけで私は嬉しかったから」  私ははっと驚いて遥を見つめる。遥は相変わらずの調子でアイメイクを落としていた。嘘なんて混ざってない言葉。少なくとも私は本当の言葉と捉えていた。   不意に出る涙を堪えながら、自虐的な言葉を口にする。 「そもそも私が遥を不幸にした」 「何それ、普段はそんなこと言わないのに」 遥はクリームを水で落とし始める。私はというと舐めるように遥が映る鏡を見つめていた。小さな水滴が鏡に引っ付いている。 真顔になって私は言った。 「言ってるの、知ってるじゃん。遥だってわかってるくせに」 「うん、ごめん」 顔を洗い終えた遥の肌は艶っぽい。頬に残ったラメを指で拭き取ってやると、遥は弱々しく笑う。 私は抑えきれずに遥に抱きついた。私の方が五センチ以上高い。蛇が巻き付くように絡みついた。細くて柔い肌。遥が他の誰かのものになるという事実が受け入れられなかった。 「今日、久しぶりにするの」 遥が不安げな表情で尋ねる。私はそんなつもりはなかったので少し困ってしまって反応が遅れる。遥に触れる手が小刻みに震えた。遥は私の手の上から包み込むように手を重ねると、上目遣いで微笑む。 「いいよ、明日からあんまり二人きりになれないし。おねぇちゃんの好きにしていいよ」 私は怖くなって、思わず両手を離してしまう。遥にそんなことまで言わせた自分が恐ろしかった。ずっと昔、自分の意志など持たずにただ従うだけだった。それなのに遥は自分の意志で私の欲に従い始めた。 目を逸らし、私は小さな声で訴えた。 「ごめん、もうそういうのはいいの。あれは忘れて」  随分身勝手な言葉だと頭では理解しながらも、私は誘いは断った。恐る恐る遥の顔を覗き込むと、迷惑がるでもなくただ笑みを浮かべるだけである。 「お風呂、先に入りなさい。今沸かすから」  早口になりながら、脱水所に向かう。背中が痛い。きっと遥は私の背中を穴のあくほど見つめていることだろう。私を責め立てるように、じっと。私の罪を許さないというように。
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