結婚式

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 許されないことをした自覚はある。年を重ねるごとに罪の意識が段々と強くなっていき、次第には奈落の底へと引きずり込まれそうで毎日が恐ろしい。それなのに遥は私を慕う眼を絶やさない。いっそ罵倒してくれたほうが清々しいくらいなのに、遥はいつまでたっても私の鎖をほどこうとしない。その優しさが、いつか私を襲うのだろうか。私のために清い手をなくしたように。  急に胸に鋭い痛みが走って、その場に座り込んだ。冷たい床は私を嘲笑するようにドレスから出た脚を凍らせた。もう季節は冬に近いというのに、汗は背中を伝う。両手で左胸を抑えるのだが、一向に痛みは緩和されない。遥を呼ぼうかと思ったのだが、声が思うように出なかった。仕方なく呼吸を整えようと、荒く吐き出す息を無理やり止めようとする。  ここ最近、よく胸が痛む。痛みは一分もたたないうちにすぐ止むので救急車を呼んだことはない。どこか悪い場所があるのだろうか、最悪の事態を考えたのだが、痛みは罪の重さと比例しているような気がして病院には行かなかった。病院に行ってしまったら、私がしてきた外道な行為が明るみに出てしまいそうで怖かった。完璧な仮面が剝がれてしまいそうで、必死に顔を手で覆った。 「遥……」  重く、低い声で呟くと、最後に遥に触れた日の時を思い出す。柔らかな肌。ずっと小さな頃から変わっていない。愛おしくて、力を加減しないとすぐに崩れていってしまいそうで。それなのに私は、遥を十六年にわたって汚してきた。長いようで、短い日々。支配欲はすんでのところで満たされない。私が遥に悪戯しても、中まで支配できない。  何度も感じた劣等感に苛まれ、私は顔を上げた。風呂場にある、大きな鏡に全身が写る。汗をかきながらうずくまった三十の女。朝の鏡よりうんと老けた女がそこにいた。
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