結婚式

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 目を細めながら涙を流す遥は、不安そうに私をみつめた。 「私が、遥をだめにした。ごめんなさい、ごめんなさい」  遥につられて、私も泣き出した。瞳には、遥と同じような顔をした女が美しく泣いている。ごめんなさい、とひたすら謝る私に遥は温かく言った。 「いいよ。許してあげる。全部、許してあげるから、もう泣かないで」 「遥だって泣いてるくせに」  私たちは静かすぎる夜に、涙と一緒に溶けあった。窓の外には街頭の光と、月の光が混ざって、よくわからなくなっていた。いつの間にか私の胸に収まらなくなった遥は、明日、私以外のものになる。汚れた遥は、ちゃんと幸せになれるだろうか。  夜が明けて、冬が来て、春が過ぎて、夏が訪れて、また秋に戻ってくる。そうやって生きて、きた。遥と一緒にいたから、時が過ぎた。地獄のような青春を思い出して、顔を赤らめる。 (俺は今までお前が完璧な人間だと思っていた)  厳しい寒さが私たちを包む日、無口な父親がそう告げた。 (高校を卒業したら出ていきなさい。一人暮らしをするんだ)  あれから 年。罪を白日の下にさらすことは、きっとないだろう。私たちは二つの大罪を犯した。 (遥を、後藤さんとこに預けることにした)  まだ父の低い声が、地響きのように頭に残っている。頭の血が消えていく。あの恐怖を未だに夢として思い出す。 「遥、おやすみ」 「おやすみ、おねぇちゃん」  ゆっくりと目を瞑る。消えることのない闇に包まれた。昔からそこにある闇。いくら光を照らそうとしても、揺らぐことのない果てしない世界。私はずっとそこにいた。昔からずっと、変わっていないのだ。段々と意識が遠のく。待って、おいていかないで。心の中で滅茶苦茶に叫べば、遠くから遥がぼんやりと現れた。私はもう一度叫ぶ。だけど遥は私の伸ばす手を握り返してくれなかった。私を、冷たいような温かいような沢山の感情が入り混じった瞳で見つめるだけであった。朦朧とする中、最後に遥は小さく言った。さようなら、と。
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