1人が本棚に入れています
本棚に追加
宇宙船『エスカルゴ』
――ボクは今どこにいますか?
ふと、ガラス越しに外の世界を覗く。
ボクが乗る宇宙船は、月を彼方に火星軌道へと接近している。
計算では火星は、背後に輝く太陽のさらに向こうにいるはずだ。
――ここからは見えない。
もっとも、太陽も地球で見るモノよりもはるかに小さい。
たまに、赤く輝く星が見えるが、あれはどこかの恒星だろう。
「思えば……」
遠くに来たものだ。
月軌道にある管制センター、通称『フライパン』から離れて、すでに数ヶ月が経過している。
子供の頃から憧れていた宇宙に出たかった。
そして、今の仕事……宇宙船に乗っている。
就いて早々感じたのは、あまりにも孤独。
宇宙は最後のフロンティア。
最後の冒険の地。
確かにそうだ。だが、ほとんどの者はある敵によって、行き先を見失ってしまう。
敵は孤独だ。
何もない、何もない、ホントに何もないのだ。
あまりにも広く、あまりにも何もない世界。
それが宇宙だ。
孤独に耐えられなければ、この宇宙では生きていけない。
宇宙飛行士が孤独にならないよう、『フライパン』からは、好みの映像や音声などを送ってくれる。
しかし、ふと孤独に負けそうになる。
それは何分も昔の過去からやってくるのだ。
光と同じスピードの電波が、それだけ時間を掛けてやってくる。
過去との接触だけが、外部との唯一の絆だ。
この宇宙船にはボクを含めて5人いる……はずだ。だが、ふと音のしないときがあると、彼等は最初からいなかったのではないのか? そんなような気になってしまう。
――ボクは今どこにいますか?
どうしてこんな所までやってきたのか?
それは、地球を救うためだ。
そう言っても大げさじゃない。だが、今の地球を救うためじゃない。
はるか未来を救うためだ。
21世紀の中盤、人類は月を拠点に宇宙に進出した。
しかし、ここで大きくつまずくことになった。
彗星の恐怖。
直径1キロに満たない彗星が、月の都市へ落ちたのだ。
何十万の人の暮らす都市は一瞬のうちに蒸発してしまった。
もしこれが、月ではなく地球に落ちてきたら……
科学者達が弾き出した結論に、人々は恐怖した。
人類の滅亡……それどころではない。地球環境そのものが一変してしまうことに。
その恐怖を回避するために、一群の宇宙船を建造した。
地球に落ちる恐れのある彗星や小惑星の軌道を変えることにより、回避しようとした。
軌道変更に使われるのは、超電磁砲――レールガン。電気の力で弾丸を発射する大砲――だ。
今の技術では、砲身を長くすればするほど、超電子砲の威力は増す。
この一群の船は、10キロにも及ぶ長い砲身を持っている。
いくら広い宇宙とはいっても、全長10キロもある宇宙船など、取り回しが大変だ。
そこで、砲身を丸く束ねる事を思いついた。そして、出来上がった宇宙船は、まるでカタツムリの殻を思わせるモノだった。
実際、船の愛称も『カタツムリ』号、『アンモナイト』号、『オウムガイ』号などなど。
そう言う系統の名前が付けられている。
そして、ボクの乗る船も、船長がフランス系という訳なのか『エスカルゴ』号と名付けられていた。
「おい、新人! メッセージは出来上がったか!」
「エッ……あっ、もうちょっとです」
噂をすれば……ひょっこりと、その船長がボクの様子を見に来た。
先ほどから、自室に隠りきりのボクを、心配しに来たのだろうか。
「早くしろよ。射撃まで時間がないぞ」
「りょ、了解です。船長」
「バカモンっ! 俺のことは艦長と呼べ!!」
アナタ本当にフランス人ですか? と疑いたくなる。丸顔で背が低く、大食漢に間違いなしと言った感じの人だ。
そして、この船は軍艦ではない――そもそも宇宙に軍艦は存在しない――のに、自分のことを艦長と呼ばせている。
ボクはこの船で射撃手をしている。
搭載された超電磁砲の引き金を引く、大事な仕事だ。
後2時間後に、接触する小惑星『ピーマン』を射撃する。
この小惑星は全長が5キロにも及ぶモノで、約100年後、地球に落下する恐れがあるそうだ。それを射撃して、軌道をずらすのだ。
そして、もう一つ役目がある。
発信器を『ピーマン』に埋め込むこと。
その発信器の中に、宇宙飛行士達はメッセージを埋め込むことを許されているのだ。
初めてボクにその役が回ってきた。
いつ拾われるかは判らない。だが、自分達がいたことを証明するようなモノだ。
――ボクは今どこにいますか?
子供の頃の夢は、すでに叶えた。
さて、これからボクはどうなっていくのだろうか?
誰も行ったことのない土星へ行くのも、良いかもしれない。
それとも、月と地球を結ぶ客船の船長も……。
よくよく考えたら、悩むことなんて無かったのかもしれない。
まだ、これからどれだけ生きていくのか判らないのだから……。
「ともかく、早くしろよ」
「了解です。サー」
ボクはようやく残すメッセージをこう記した。
『ボクがどうなったのか探してくれないだろうか?』
と――
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!