宇宙船『エスカルゴ』

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宇宙船『エスカルゴ』

 ――ボクは今どこにいますか?  ふと、ガラス越しに外の世界を覗く。  ボクが乗る宇宙船は、月を彼方に火星軌道へと接近している。  計算では火星は、背後に輝く太陽のさらに向こうにいるはずだ。  ――ここからは見えない。  もっとも、太陽も地球で見るモノよりもはるかに小さい。  たまに、赤く輝く星が見えるが、あれはどこかの恒星だろう。 「思えば……」  遠くに来たものだ。  月軌道にある管制センター、通称『フライパン』から離れて、すでに数ヶ月が経過している。  子供の頃から憧れていた宇宙に出たかった。  そして、今の仕事……宇宙船に乗っている。  就いて早々感じたのは、あまりにも孤独。  宇宙は最後のフロンティア。  最後の冒険の地。  確かにそうだ。だが、ほとんどの者はある敵によって、を見失ってしまう。  敵は孤独だ。  何もない、何もない、ホントに何もないのだ。  あまりにも広く、あまりにも何もない世界。  それが宇宙だ。  孤独に耐えられなければ、この宇宙では生きていけない。  宇宙飛行士が孤独にならないよう、『フライパン』からは、好みの映像や音声などを送ってくれる。  しかし、ふと孤独に負けそうになる。  それは何分も昔の過去からやってくるのだ。  光と同じスピードの電波が、それだけ時間を掛けてやってくる。  過去との接触だけが、外部との唯一の絆だ。  この宇宙船にはボクを含めて5人いる……はずだ。だが、ふと音のしないときがあると、彼等は最初からいなかったのではないのか? そんなような気になってしまう。  ――ボクは今どこにいますか?  どうしてこんな所までやってきたのか?  それは、地球を救うためだ。  そう言っても大げさじゃない。だが、今の地球を救うためじゃない。  はるか未来を救うためだ。  21世紀の中盤、人類は月を拠点に宇宙に進出した。  しかし、ここで大きくつまずくことになった。  彗星の恐怖。  直径1キロに満たない彗星が、月の都市へ落ちたのだ。  何十万の人の暮らす都市は一瞬のうちに蒸発してしまった。  もしこれが、月ではなく地球に落ちてきたら……  科学者達が弾き出した結論に、人々は恐怖した。  人類の滅亡……それどころではない。地球環境そのものが一変してしまうことに。  その恐怖を回避するために、一群の宇宙船を建造した。  地球に落ちる恐れのある彗星や小惑星の軌道を変えることにより、回避しようとした。  軌道変更に使われるのは、超電磁砲――レールガン。電気の力で弾丸を発射する大砲――だ。  今の技術では、砲身を長くすればするほど、超電子砲の威力は増す。  この一群の船は、10キロにも及ぶ長い砲身を持っている。  いくら広い宇宙とはいっても、全長10キロもある宇宙船など、取り回しが大変だ。  そこで、砲身を丸く束ねる事を思いついた。そして、出来上がった宇宙船は、まるでカタツムリの殻を思わせるモノだった。  実際、船の愛称も『カタツムリ』号、『アンモナイト』号、『オウムガイ』号などなど。  そう言う系統の名前が付けられている。  そして、ボクの乗る船も、船長がフランス系という訳なのか『エスカルゴ』号と名付けられていた。 「おい、新人! メッセージは出来上がったか!」 「エッ……あっ、もうちょっとです」  噂をすれば……ひょっこりと、その船長がボクの様子を見に来た。  先ほどから、自室に隠りきりのボクを、心配しに来たのだろうか。 「早くしろよ。射撃まで時間がないぞ」 「りょ、了解です。船長」 「バカモンっ! 俺のことは艦長と呼べ!!」  アナタ本当にフランス人ですか? と疑いたくなる。丸顔で背が低く、大食漢に間違いなしと言った感じの人だ。  そして、この船は軍艦ではない――そもそも宇宙に軍艦は存在しない――のに、自分のことを艦長と呼ばせている。  ボクはこの船で射撃手(スナイパー)をしている。  搭載された超電磁砲の引き金を引く、大事な仕事だ。  後2時間後に、接触する小惑星『ピーマン』を射撃する。  この小惑星は全長が5キロにも及ぶモノで、約100年後、地球に落下する恐れがあるそうだ。それを射撃して、軌道をずらすのだ。  そして、もう一つ役目がある。  発信器を『ピーマン』に埋め込むこと。  その発信器の中に、宇宙飛行士達はメッセージを埋め込むことを許されているのだ。  初めてボクにその役が回ってきた。  いつ拾われるかは判らない。だが、自分達がいたことを証明するようなモノだ。  ――ボクは今どこにいますか?  子供の頃の夢は、すでに叶えた。  さて、これからボクはどうなっていくのだろうか?  誰も行ったことのない土星へ行くのも、良いかもしれない。  それとも、月と地球を結ぶ客船の船長も……。  よくよく考えたら、悩むことなんて無かったのかもしれない。  まだ、これからどれだけ生きていくのか判らないのだから……。 「ともかく、早くしろよ」 「了解です。サー」  ボクはようやく残すメッセージをこう記した。 『ボクがどうなったのか探してくれないだろうか?』  と―― 〈了〉
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