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「どういうつもりですか?魔王さん」
サングラスを外し、冷めた目で勇者が訊ねる。その目は『魔王軍に住人もろとも故郷の村を焼かれて感情を失った主人公役』を演じた時よりも冷えている。
「どういうつもり、じゃないですよ!仲間である魔法使いさんや女神エアリースさんにまで冷たくあたる必要はないじゃないですか!いつものどんな方にも優しく接する勇者さんはどこにいったんですか!」
魔王の熱を帯びた心の叫びにも似た声を勇者が黙って聞く。そして、
「なるほど。魔王さん。そういうことですか」と一人何かに納得した様子を見せる。
「え?」
「ダークヒーロー、ですよね?」
勇者の言葉に魔王の身体が一瞬ビクンと跳ねる。
「な、なにを言って――」
「そういえば最近の魔王さんは女性人気が凄いですよね?『真面目で明るく誰にでも優しい』という一本調子な僕と違って、『冷酷で悪逆非道の限りを尽くすが、その実本当は誰も知らないところで自分の命と引き換えに手に入れた強大な魔力で以て影でこの世界を救っている』みたいな役どころが最近多いですもんね?そういえば今回の魔王さんって勇者である僕たちと協力して真の悪を打倒する、みたいな役どころでしたよね?それに合わせて魔王さん専用の課金コスチュームなんかも相当ラインナップ揃えられてるらしいじゃないですか。たしか『眼鏡の執事』や『ロックバンドのボーカル』とか『生徒会長』とか、なんかもう主役みたいな扱いでしたもんね?だからこそ魔王さんは最高ランクの☆5なんでしょうけど。……主役なのに何故か☆4の僕と違って」
淡々と、死んだ目でそう持論を展開する勇者に場は静まり返った。その場の全員の胸中に『主役なのに最高ランクじゃないんだ』と同情にも似た感情が沸く。同時に、勇者がここまでキレ散らかしている理由も分かった気がした。
「分かります?『アプリの事前登録者数の目標達成で勇者が貰える』ってCM打たれた時の僕の気持ちが。ああいう『登録者数達成系』のモノは往々にして大抵は達成されるようになってるんですよ。そしたら僕は全員に配布されるわけですよね?もうね。全然レア感ないでしょ?分かります!?しかもログインボーナス三十日目でもまた僕が配布されるんですよ?勇者の安売りじゃないですか!分かります!?主人公なのに、『チュートリアル終了後の無料十連ガチャで勇者が出たらリセマラ続行』って攻略記事に書かれる僕の気持ちが。分かりますか!?」
淡々と、それでいて、最後らへんは割と感情的に、己の想いを吐露する勇者に対して、全員がなんとも言えない気持ちになり静寂が流れる。本来は快活で心優しい筈の勇者の今の姿は、逆の意味でダークヒーローと呼べなくもない。単に闇落ちした勇者をダークヒーローと呼べるかどうかは別として。
「それでも最初は僕も頑張りましたよ!プレイヤーさんが寝ている間に五時間ぶっ続けオートプレイでひたすらメンバー全員の装備集めとかもやりましたよ!仕方ないですよね?ランクの低いキャラは最初のうちはなかなか戦闘で活躍できないし、逆に魔王さんみたいに最高ランクのキャラは進化素材が集まりにくくて中盤まで育て難いから僕が頑張るしか無いんですよ!でも途中で力尽きて倒れていた僕に朝起きたプレイヤーさんがなんて言ったと思います?『マジでこの勇者つかえねーわw』ですよ?今まで二十二年間勇者として生きてきてこんなこと初めて言われましたよ!休憩もなしに五時間ぶっ続けでモンスターさんたちと殺し合いしてたのにですよ?『じゃあ休憩すればいいじゃん♪』って思うかも知れませんけどオートプレイじゃ休憩行けませんからーーーーー!まあどのみち宿屋に行ったところで『テーレッテッテッテッテッテー♪』って音楽鳴らしながら一瞬画面暗転させられたら休憩終わりですけどね!それさえ無いんですよ!?もうね、社畜ならぬゲームの家畜ですよ!ゲー畜!……本当は、本当は僕は子供の頃サッカー選手になりかったんですよ。でも勇者に生まれたがために、民のために戦ってきたんですよ。それなのに……それなのに、この仕打はあんまりじゃないですか!」
そう言うと勇者は地面に崩れ落ちるようにして膝をついた。
「勇者さん……」
すっかりキャラが破綻してしまった勇者を、魔王が憐憫の情を以て見つめる。気づけば魔法使いや女神エアリース、遊び人たちも同じように勇者を見つめている。悲しみに暮れる勇者に、もはや掛ける言葉が見当たらない。誰もが思ったその時、
「おーい。皆してこんなとこに集まってどうしたのー?」
身なりの良い中年男性が召喚の間を訪ねてきた。
「あ、お疲れ様です。プロデューサーさん」
魔王が一礼したのを皮切りに、悲しみにくれる勇者以外の全員が、各々にプロデューサーに向かって恭しく頭を下げる。
「勇者くん、どうしたの?何かあった?」
訊ねるプロデューサーに、放心状態の勇者に変わって魔王が答える。
「プロデューサーさん。実は――」
「なるほど。そういうことだったのか。だったら丁度良かった」
魔王から事情を聞いたプロデューサーはにこやかにそう言った。魔王が訊ねる。
「丁度良い、というのはどういうことですか?」
「実はね、このゲームに対する苦情や抗議が開発業者にもかなりの量届いてるみたいでね。近々大型アップデートをしようとしてたところなんだよ」
「大型アップデートですか?」
魔法使いの言葉にプロデューサーが頷く。
「うん。要望の中で声の多かった『ガチャの排出率』や『キャラごとのコスチュームの見直し』、それに『☆5勇者の実装』。このあたりを目玉に近日中に実施予定なんだよ」
「僕、☆5になるんですか?」
プロデューサーの言葉にそれまで項垂れていた勇者が顔を上げる。
「『もっと主人公を活躍させろ』という要望が相当数届いていたからねえ。本当は一周年の目玉にしたかったんだけど、これだけ苦情が来るとそうも言ってられないからねえ」
プロデューサーの言葉に、それまで暗夜の鏡の如く何物も映していなかった勇者の瞳にサッと輝きが差す。魔王が勇者の肩に手を置く。
「良かったですね。勇者さん」
「魔王さん……」
「あ、あと新コスチュームも追加になるからね」
「新コスチューム?」
勇者が訊ねる。
「勇者くん昔なにかのインタビューで言ってたよねえ?『子供の頃の夢はサッカー選手だった』って」
プロデューサーの言葉に勇者がキョトンとした顔になる。
「言いましたけど。それがなにか――」
勇者の目が見開かれる。
「プロデューサーさん。まさか、新コスチュームって……」
「勇者くんには『サッカー選手』コスを用意しようと思っているんだよ」
「う、うおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーー!」
勇者が歓喜の声を上げる。その姿は映画版『ブレイブワーク』で数多の犠牲を払いながらも、魔王を倒してエンディングを迎えた時さながらだった。
「ゆ、勇者のコスチュームも良いですけど、私のコスチュームも過激じゃ無いものに変更してください!」
魔法使いが横から割って入ると、プロデューサーがにこやかに微笑む。
「心配しなくても『ブレイブワーク』では過激なコスチュームは用意しないよ。それより、魔法使いちゃんは前回女性キャラ限定の『俺の嫁グランプリ』で優勝候補のお母さんさんと女騎士ちゃんを抑えて優勝したんだから『純白のウェディングドレス』コスを用意しようと思っているんだけど。どう?」
プロデューサーの申し出にさきほどの勇者同様に魔法使いの目が輝く。
「え、着たい着たい!着たいです!ウェディングドレスなんて超憧れじゃないですか!」
「そ、そんなに喜んでくれるならこちらも用意しがいがあるよ」
魔法使いのはしゃぎっぷりに、プロデューサーが若干引きつった笑みを浮かべる。
「良かったですね。魔法使いさん」
「うん!ありがとう魔王さん!」
「あと、魔王さんも男性キャラ限定の『私の嫁グランプリ』で断トツで優勝したんだから『純白のモーニングコート』コスを用意しようと思ってるんだけど」
「え?男性キャラなのに『私の嫁』なんですか?というかそんなグランプリありましたっけ?」
怪訝な表情を浮かべる魔王に対して、
「まあまあ、魔王さん。そんなこと気にしない気にしない」
「そうよ。花婿コスなんてしたらまた魔王さん女性人気が爆上がりね」
と浮かれた勇者と魔法使いが声を掛ける。つい先程まで己の呪われた運命やら何やらを悲観していたのがまるで嘘のように、今では手を取り合って喜んでいる。
「ちなみに戦士くんや遊び人くん、盗賊くん、エアリースさんたちもアップデートで今後はさらに活躍させるからね。じゃあ、まあそういうわけだから。今後とも皆しっかり励んでね。こういうのはモチベーションが大事だからね。よろしく」
そう言ってプロデューサーは召喚の間を去って行った。
「僕、あのプロデューサーに一生付いていきます!」
「私も!」
「俺も!」
「私もです!」
「ワシもじゃ!」
すっかり心酔した皆が、口々にプロデューサーを褒め称える言葉を並べ立てる一方で、ただ一人、魔王だけが神妙な顔のまま首を傾げた。
「『私の嫁グランプリ』なんてあったかな?」
ゲームアプリ版『ブレイブワーク』の舞台を去りながら、業界内で『敏腕悪魔』と恐れ崇められるプロデューサーは思った。
今回のように露呈した様々な問題点を解決させる必要に迫られた場合、その方法として現場の人間のモチベーションアップを図り、馬車馬のように働かせることが大事になる。たかがコスチュームやらランクアップ如きで奴らがやる気を出すなら、それも安いものだ、と。そして一人ほくそ笑む。
「あいつら全員チョロいな」
勇者たちの戦いは続く!
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