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2・約束
翌朝。
レイは疲労困憊なのだろう、なかなか起床してこなかった。だけど父も母もそして俺も、無理に起こさずそっとしてあげることにした。
食卓で俺は黙々とオートミールを口に運ぶ。食事をしながら、昨夜の話を――亡き妹の話を思い出していた。
食事の手を一旦止める。キッチンからあたたかい紅茶を運んできた母に声をかけた。
「なあ母さん」
「なに?」
「昨日聞いた、妹のことなんだけど……」
「ええ。どうかしたの?」
「これから墓参りに行こうと思うんだ。場所を教えてくれないかな」
俺の言葉に、母は目を細めた。
「このあとわたしもお父さんもすぐ仕事に出ちゃうけど……。今日行きたいの?」
「ああ。一人で行ってくるから」
「分かったわ。場所を教えてあげる。それと――お花も一緒に持っていきなさい」
朝食を終えたあと、母は庭に出て色とりどりの花を束ねて俺に手渡してきた。母はいつも庭にたくさんの花を植えて育てているんだ。
「これは『サルビア』の花よ。とっても綺麗でしょう? これを持っていってあげてね」
「えっ。これ、母さんが育てた花だろう。こんなにたくさん……いいのか?」
「いいのよ。そのために苗を植えているんだから」
いつも庭に植えてある花たちの存在を、俺は気にも留めたことがなかった。『サルビア』は葉が大きく逞しく、その上に咲く花弁は唇の形をしている。一枚一枚小さいながらも、はっきりとした色合いでとても美しい。
「母さん、どうして『サルビア』の花を?」
俺の些細な疑問に、母は微笑みながら、そして瞳の奥にどこか切なさを混ぜ合わせてから静かに答える。
「『サルビア』にはね、【家族愛】という花言葉があるのよ。わたしもお父さんも、あの子のことは一生忘れない。心の中ではいつもあの子にわたしたちの愛を伝え続けたい……そういう想いがあって『サルビア』の花を育てているの」
その話を聞いて、胸の奥がきゅっと締め付けられた。亡き我が子を想う気持ちをずっと忘れずに、母が『サルビア』の花を育てていたという事実に、俺はなんとも言えない衝撃を受けた。
青色の花は心を癒やしてくれるような淡い綺麗な色をしていて、赤色の花はまるで炎のような情熱的で鮮やかなものであった。
母の想いを大切に胸に抱き、俺は亡き妹の墓がある霊園に一人で向かった。
◆
霊園は家からそう遠くない場所にあった。
バイクで十五分ほど走ったあとに、広い森林公園にたどり着く。その裏側に入り口があり、奥へ奥へと長い小道が繋がっている。柳の木々が並び佇んでいて、その両サイドにいくつもの墓石が輝きを放っていた。
太陽の光が全体まで行き届いている、心地の良い場所であった。
妹は「リミィ」と名付けられたそうだ。霊園は広々としていて数えきれないほどの墓が並んでいたのだが、不思議なことに、俺は迷わずにリミィの場所を見つけられたんだ。
初めて訪れる、亡き妹の墓場。
俺たちの知らない間に両親は頻繁にここを訪れているのだろうか、墓はとても綺麗な状態で保たれている。それでも俺は、墓石の周りを丁寧に掃除をした。母の『サルビア』を満遍なく墓石の前に並べてから目を閉ざし、妹がこれかも天国で安らかに眠れるよう静かに祈りを捧げる。
俺はリミィのことを何ひとつとして覚えていない。それなのに、なぜだろう。切なさが溢れ出そうになって仕方がないんだ。
――それから俺は、ずっと考えていた。もし、亡き妹が生きていたら一体どんな風に成長していて、今頃どんな生活を送っていたのだろう、と。
悲しい話だが、妹が天に召されたことによってグリマルディ家は今、レイと共に生きている。
君が俺たちとレイを引き合わせてくれたなんて、都合のいいことを考えてしまう。
でも、これだけははっきりと言えるよ。父と母はこれまでもこれからも、この先ずっとずっと君を忘れることはない。そして、いつまでも家族の愛を天に届けてくれる。
その証に、この『サルビア』の花が咲き誇っているのだから――
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