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序章
誰かの叫び声が聞こえる。
水の音に包まれながら、どうやら私はこの世に生まれたらしい。
温かいクッションの中から頑張って出てきたけれど、外の世界はとても寒い。暗い。お湯と血が滴る硬い床の上に私は落ちていく。
呼吸をしなくちゃ。無我夢中で私は、力を振り絞って声を上げた。
叫んでいた人は、手を震わせながら私を抱き上げた。でもその手は冷たくて、優しさとか愛情なんてなにも伝わってこなかったの。その人は私を見下ろして泣いていたよ。
タオルに包まれて、暗い部屋に連れて行かれる。
泣き疲れた私は、その後すぐに寝てしまった。
――それから少し時間が過ぎた頃。私はぬくもりを求めてたくさん泣くようになったの。
その人からのぬくもりをもらって、お腹が満たされたよ。気持ち悪くなったら、汚れたところを綺麗にしてもらったよ。数日に一回、お風呂に入れてもらえたよ。
この人に甘えていいんだって思ったから、私はたくさん泣くようになったの。
でもね、それは……まちがいだったみたい。
何日も経っていないと思う。私が泣いても、その人は全然ぬくもりをくれなくなってしまった。気持ち悪くなっても、ずっと汚れたまま。大好きなお風呂にも入れてもらえなくなっちゃった。
おかしいな。私の声、聞こえてないのかな? 最初はそう思っていたんだけれど。
大きい声で泣けば泣くほど、今度は私の体が痛みで悲鳴を上げるようになった。どうしてなのか分からない。その人に、叩かれたり殴られたりするようになってしまったの。
痛い、痛いよ。
お腹の中がいつも空っぽだよ。
寒いよ。
寂しいよ。
眠れないよ。
力が抜けてきて、やがて泣くことすらできなくなった。
ごめんなさい、私はあなたに甘えちゃいけなかったんだね。もう泣いたりしないから、お願い、私を叩かないで……。
――気がつくと、いつの間にか私は狭い箱の中に詰められていた。
あれ? おかしいな。服も何も着させてもらっていないよ?
箱の中はがたがたと乱暴に揺れていて、そのたびに身体中の痣が当たってとても痛かった。
今、おうちの外にいるの? どこへ連れていくつもりなの?
体が針にぐさぐさと刺されるような寒さだよ。
どうして、なんで? 私は裸のまま箱の中に入れられているの……?
やがて、箱は全く揺れることなく動かなくなった。耳元で、誰かが積もった雪の上を歩いていく音が聞こえてくる。でもその音はどんどん遠ざかって行って……周囲から何の音も響かなくなった。
ああ、そっか。私、捨てられちゃったんだ。
わがままな私がたくさん泣いちゃったからだよね。すごく悪い子だから、いらなくなったんだよね。
寒くて、怖くて、お腹が空いて、寂しくて、最後の力を振り絞って泣き声を上げたよ。
また誰かに叩かれるかもしれない。でもね、私は泣くことしかできないの。本当はちゃんと、叫びたいよ。
「助けて」と――。
寒さで何も感じなくなった頃。急にぱっと箱が開いて、誰かが顔を覗き込んできた。
黒と白の服を着た、全然知らない女の人。彼女は驚いた表情をして、私を優しく抱きあげてくれた。
あったかい……。
不思議だなあ。誰かに抱っこしてもらうのって、こんなに安心するものなんだね。
私はその時、初めて人のぬくもりを感じた。
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