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蚊の鳴くような声で、メイリーは呟いた。なぜだか冷たい口調になる。
「あの日、聞いちゃったんだよね」
「何を?」
「大会の日、駐車場であなたとあなたのお父さんお母さんが話していたこと……聞いちゃったの」
「……!」
俺は絶句した。
まさか! あのことを? 嘘だろ。
誤魔化そうにも、全身が麻痺したように膠着してしまう。
「……ヒルスって分かりやすいのね。あたし、びっくりしちゃった。レイはあなたの本当の妹じゃないんだね」
「……いや、それは」
どこからどこまで聞かれていた? 何て答えたらいい。
気が動転してしまい、全く言葉が出せなかった。
「誤魔化そうとしてるの? 今更遅いよ。ほとんど聞いてたもん。レイは三歳のときに孤児院から引き取られた子なんでしょう? それに、ヒルスには生まれる前に亡くなっちゃった本当の妹がいたんだよね」
呼吸を忘れてしまいそうになるほど、俺はこの状況に困惑した。深い深いため息が漏れる。
――そこまで聞かれてしまっては、もはや誤魔化しなんて何も利かない。
諦めた俺は無表情で静かに答えた。
「……そうだよ」
口が重く、声が無意識のうちに低くなる。それでもどうにか続きの言葉を繋いでいく。
「レイと血は繋がっていない。このことを知ってるのは家族の他に誰もいなかった。……でもあいつは、俺たちにとって大切な家族の一員なんだ」
「うん、そう言ってたね。でもさ、ヒルスは……あの子のことをただの家族だと思ってる?」
「は? どういう意味だ?」
メイリーは束の間、何かを思うように遠くを見やる。しかしすぐにこちらに視線を戻して疑問を投げ掛けてくるんだ。
「レイのこと、特別に思ってない?」
「とくべつ……? 特別ってなんだ。家族だから特別なのは当たり前だろ?」
メイリーが何が聞きたいのか理解できず、頭を抱える。
「……でもレイはまだ十歳だしね……」
ぽつりと呟くメイリーの声は、俺の耳にはほとんど届かない。
「まあいいや。このこと、レイにはまだ言ってないんでしょう?」
「そうだよ。あいつが大人になったら――十八になったら、うちの親が打ち明けるつもりだ。お願いだから、メイリーはレイにこのことを話さないでくれ」
「スクールの皆にも?」
「他の誰にも言わないでほしい。隠しているわけじゃないけど、あいつはまだ子供だろう。重すぎる話だ。今はまだ、打ち明けるべきじゃない。分かるだろ?」
「……うん、そうね」
メイリーは静かに頷く。
一瞬、沈黙が流れた。すると、スクールの窓からジャスティン先生が顔を出した。すぐ俺たちの存在に気づくと、
「おーいヒルス君、メイリーちゃん! レッスン始めるよ」
呼び掛けられ、俺たちはハッとしたように急いでエントランスへ駆けていく。
「メイリー、これは俺たちだけの秘密だぞ。いいな?」
「ええ……分かったわ」
もはや、メイリーを信じるしかない。
俺は何事もなかったかのように、その日いつも以上にレッスンに集中して、気を紛らわす他なかった。
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