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◆
レイがダンスを習い始めて三回目の夏が訪れる。十一歳になった彼女は、今でも熱心に踊り続けていた。
そして俺は、次の大会に出場することが決まった。イギリス国内では比較的大きな大会で、男子ツーペアで踊るのが条件。先生の推薦で俺とライクが代表に選ばれたんだ。
「ヒル兄凄いね! 応援してるね」
「お前に応援されたら頑張るしかないよな」
俺が冗談を言うとレイはくすりと笑う。
仲間たちからも『仲良し兄妹』と言われるほど、俺たちの関係は良好だった。
「去年の大会で特訓してやったから、次はレイが俺の練習に付き合え」
「私が? でも、力になれるかな」
「お前がそばにいるだけでやる気が出るんだよ」
練習後にスクール前でそんな話をしていると、サングラスを光らせながらいつものようにライクが割り込んできた。
「なあレイちゃん、おれのことも応援してくれるか?」
「ライクさん。もちろんです、頑張ってくださいね」
レイは顔を見上げながら当たり障りのない返答をする。ライクに絡まれるといつもどこか困ったような反応をしている気がするのだが。
それでも構わず、ライクはしばしばレイにちょっかいを出している。
俺は相変わらずそんなライクが苦手だった。しかし、ペアで参加をするのなら仕方がない。まずはダンスの振り付けを二人で考えて、先生からの承認をもらわないとならないんだ。
◆
休日に、俺とライクはスクール近くの公園で早速打ち合わせを始めた。
苦手意識があろうとも、もう十年も同じスクールに通っている間柄なわけで、意見の出し合いはしやすい。ダンススタイルとおおよその振り付け、ポジションなど話し合いが始まるとあっという間に決まっていった。あまり長居したくないから好都合だ。
「腹減ったな。なぁ、ヒルス。パブでも行かねぇか」
「はぁ? 嫌だよ」
「おれとお前の仲だぜ? いいじゃねえか。スケジュールは飯食いながら決めようぜ」
「……はぁ。仕方ないな」
どんな仲だよ、俺はこいつと親しくしているつもりはない。食事が終わったらすぐに解散しよう――密かにそう思いながら、俺は重い足で近くのパブにライクと向かった。
――店に着き、俺たちはさっさと注文を済ませ、窓側の席に着く。
ふと外の景色に目をやると、町の中心を流れる川がよく見えた。観光客が多く訪れていて、今日は一段と賑わっている。川辺で水鳥がはしゃぎながら餌を頬張る姿もあり、まったりとした日常が流れていた。
外を眺めながら、俺はフィッシュアンドチップスで腹を満たす。
大会に向けてのおおよそのスケジュールを話し合い、今後の流れは大体決まった。
食後の紅茶を飲んでいると、ライクがやけに口ごもった様子で俺を見てくるんだ。
「ヒルス、ひとつ訊いていいか」
「なんだ?」
ライクは紅茶をがぶっと飲み干し、急に真顔になった。
「その、なんだ。レイちゃんって、ボーイフレンドはいるのか?」
「……はぁ?」
俺は唖然とする。
何言ってるんだ、こいつ?
真剣な口調でいるライクが不気味とさえ思う。俺は首を捻った。
「知らねぇよ」
「アニキなのに何で知らないんだよ」
「レイは十一歳だしな。そういうのはまだ早いんじゃないか?」
適当に流そうと思った。
だがライクはうつむき加減になり、更に続ける。
「レイちゃんって本当にいい子だよな……」
「は? 何言ってるんだよお前。気持ち悪いな」
「やっぱりおれっておかしいのか?」
ノリがいつも違う。
俺は思わず顔をしかめた。
「お前は昔からおかしいよ」
「酷いなヒルス、おれはいつでも本気だぜ」
変な汗が出てきた。俺は紅茶を全て喉に流し込む。
「レイのこと、冗談じゃなかったのか?」
「いや、最初はなんとなく可愛いと思っただけだ。でも最近のレイちゃん、少し背が伸びてきて、ダンスもますます上手くなっているだろ。気になっちまって」
俺はそんなライクの話に小さくため息を吐き、しばし上を向いた。
「あんた歳いくつだよ」
「今年で二十歳になる」
「それなら分かってるよな。絶対にやめろ。もしレイに何かしたら俺が許さない」
「…………」
厳しく言う俺に、ライクは完全に小さくなっている。
「……北の高台に連れて行くのもなしだよな」
「前に言ってたあれかっ? 馬鹿か、連れ回そうとするなよ!」
しつこいライクにイライラしてしまい、俺の口調はどんどん荒くなっていった。
「そうだよな……分かってる。おれはレイちゃんが傷つくことはしねぇ」
「分かればいい。絶対に変な真似はするなよ」
無意識のうちに俺はずっと眉間に皺を寄せていた。場の雰囲気が悪くなる。俺は首を振って勢いよく席を立った。
「来週になったら一回振り付けの合わせをするんだからな。余計なこと考えないで、しっかり練習しておけよ」
ライクは小さく頷いた。
今は大会に向けて集中しなければならない。不要な会話はライクとしない方がいい――俺はさっさと家に帰り、早速ダンス練習を始めた。
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