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だがライクは長年踊り続けてきただけはある。練習になると打って変わって真面目に集中して取り組んだ。
今回の大会ではブレイクダンスを披露することになった。身体を捻ったり、肩や背中、頭を使って遠心力で全身を回転させる高度なテクニックが必要だ。パワームーブやアクロバティックな技を合わせるのも本来は大変なのだが、ほんの数回の練習だけで俺たちの息はみるみるうちに合っていく。
「素晴らしいよ、ヒルス君ライク君! さすが僕が見込んだだけはあるね。本番が楽しみだよ」
ジャスティン先生も興奮気味に指導に入ってくれる。この調子ならば、俺たちは必ず良いダンスが披露できる。そう確信していた。
◆
大会前日。
俺とライクが最後の合わせをして練習場で帰り支度をしていると、ジャスティン先生がスポーツドリンクの差し入れを持ってきてくれた。先生はこういう気遣いもさらりとしてくれる人だ。ありがたくその気持ちを受け取り、腰を下ろして水分補給をしていく。
あぐらをかきながら、先生は急に真顔になる。
「ヒルス君とライク君に話があるんだけどいいかな」
「どうしたんです?」
「二人は僕のスクールに通い始めてもう十年になるよね。君たちのダンスはこのスクール内でも最高レベルだと僕は見ているよ。近年は大会に出ると二人とも必ずと言っていいほど結果を出してくれるし、ファンもとても増えたよね。正直君たちは普段あまり仲が良いように見えないけど、ペアで踊る時だけは息がぴったり合うだろう? それもある意味凄いことだよね」
俺とライクは顔を見合わせ頷く。全く否定しないところが俺たちらしい。
「そんな君たちを見込んでの話なんだけど――もしよければ、僕のダンススクールとスタジオのインストラクターになってくれないかな」
「えっ」
思いがけない誘いに、俺は目を見開いた。
隣ではライクが肩を震わせ、興奮気味に拳を握る。
「先生。それはおれらがプロのダンサーとして、インストラクターになれるってことか!」
「もちろん、そういうことだよ」
「そりゃ気分がぶち上がるぜ!」
ライクはがははと大声で笑った。どうやら乗り気らしい。
「ヒルス君はどうだい?」
にこりとこちらの顔を伺う先生に、俺は微笑み返し大きく頷いた。
答えなんて、考えるまでもない!
「是非お願いします」
「そうかい、それはよかった! それじゃあ、明日の大会が終わったら早速契約を交わそう。ライク君はここのスクールの中級クラスの担当になってくれるかい? 上級コースを目指す子たちのための大切なクラスだよ」
「中級でも上級でもなんでもやるぜ!」
ライクはやる気満々で答えていた。突然の話だが、テンションが上がってしまうのは無理もない。なにしろ俺も同じ気持ちだからだ。
「そしてヒルス君。君にはダンススタジオのインストラクターになってもらいたい」
「はい」
「スタジオには、本気でプロを目指す僕の弟子が数名いるんだけど、彼らにブレイクダンスのテクニックを教えてくれないかい」
(……先生の、弟子たち?)
思いもよらないさらなる話に、俺は一瞬戸惑った。
「俺が、ですか?」
「そうだよ。君はダンスを教えるのがとても上手だよね。一年前、大会に向けて君が熱心にレイちゃんにダンスを教える姿を見て確信したのさ。君なら最高のインストラクターになれるってね」
――もしかしてこれは、大役を任されそうになっていないか。
俺は無意識に身体が震える。
「どう? やってくれるかい」
笑顔でそう言うジャスティン先生に、俺は真剣な顔をして答えた。
「俺で良ければ是非」
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