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1・我が家の同居人
※
十歳の時、俺に妹が出来た。とは言っても、両親が孤児院から引き取ってきた血の繋がりのない義理の妹だが。
理由は知らないが、両親はいつも「もう一人子供がほしい」「兄弟を作ってあげたい」「でもなかなか鸛が来てくれないの」なんて話をしていた。
「ヒルス。今日からレイちゃんと一緒に暮らすことになったのよ。仲良くしてあげてね」
新しい家族としてレイという三歳の女の子がグリマルディ家に来た日、母は満面の笑みで俺にそう言うんだ。
黒髪を二つに結び、綺麗な二重をもつ黒い瞳。なんともいえない表情をして、レイは俺のことを見つめてくる。
――この子が妹になるなんて。
俺はイギリス出身の白人家系の生まれであるが、妹として来た小さな女の子は小麦色の肌をしていて、何となくアジア系の血が混ざっているような風貌だった。そんな彼女は、お世辞でも俺や両親と(当然だが)似ているとは言えない。
襟足の伸びた金色のミディアムヘアをかきあげながら、俺は目の前にいるレイを眺めた。
ピーターラビットの人形を大切に抱きしめ、彼女は暖炉の横にある椅子に大人しく座っている。
まったく、どう接していいのか分からない。七つも離れていて性別も違うその子の好きな遊びといえば、おままごとや人形遊びなどで、俺はそういうものにクソほど興味がなかった。
新しい妹が出来たと言っても、俺にとってはただ同じ家に住み始めた小さな女の子、という空気のような存在だ。どうしても妹として受け入れられない。
◆
戸惑いながらも、月日は流れていく。ある日のことだ。
庭で音楽を流しながら俺が趣味のダンスを練習していると、レイが家の窓からじっとこちらを眺めながら、
「おにいちゃん。レイもいっしょにね、あそびたいの」
と言い、窓から身を乗り出してきた。
家の窓枠から庭までは少し高さがある。小さなレイはまだ足が届かないから、母にいつも自分で外に出るなと言われているはず。しかし目の前の楽しみしか見えていない三歳児には、そんな言葉を冷静に思い出せるわけもなく――
「うわっ。馬鹿、危ない!」
思わず叫び、窓から落下しそうになったレイを、俺は身をスライドする勢いで駆け寄って受け止めた。
見るとレイは怪我もなく無事で、俺の両肘に少し擦り傷が出来た程度であった。しかし今にも泣きそうな顔になり、みるみる真っ赤になるんだ。
「うぅ、こわい」
「そうだな、怖かったな。怪我をしなくてよかった」
「おにいちゃんこわい」
「えっ」
レイは震えながら俺に掴まれた手を振りほどく。
――俺が怖い? どうしてそうなる? 助けてやったんだが。
頭の中でぐるぐる疑問符を浮かべていると、騒ぎを聞きつけた父が庭まで駆けつけてきた。
父の顔を見るなり、レイはわんわん泣き始める。
「パパ、おにいちゃんおこったの。おっきいこえでおこったの」
まるで俺が悪者みたいに言われ、イライラしてしまった。
眉間に皺を寄せる俺に対し、父は困った顔をして問う。
「ヒルス、何があったんだ。どうしてレイに怒ったんだ」
「はあ……俺はただ、レイが窓から落ちそうになったから助けただけだよ。咄嗟のことだったから、たしかにデカい声は出したかもしれないけどさ」
「そうか……」
泣き喚くレイを抱き寄せ、なだめながら父は渋い顔をして続ける。
「お前がいてくれたからレイは怪我をせずに済んだんだな。それはヒルスに感謝するよ。でもな、レイはまだ幼いんだ。あまり頭ごなしに怒ったりしないでくれないか」
「……はぁ?」
出た出た。
父は――いや、父も母もレイに甘いところがある。こっちが悪いわけでもないのに、いつもレイは許されて俺がとやかく言われることがあるんだ。
今だって別に怒ったわけでもない。しかも頭ごなしに、だと? 危ないことをしたらちゃんと注意してやるべきなんじゃないのか。
鬱陶しい。
俺は深くため息を吐いて家の外壁に寄り掛かる。ハチミツ色の石の壁が、今の心情を暗く染め上げるように冷やしていった。
色々思うことはあったが、面倒なのでそれ以上何も言うことはない。
庭の花壇に植えられた花たちが風に揺られながら、この様子をまるで憐れんで眺めているみたいだ。
このことがきっかけで、義理の妹という名の同居人は、ますます俺にとって空気より薄い存在になっていった。
一緒にいても遊んだりしないし、話しかけたりもしない。ご飯を食べる時も何をする時も、一切こちらからはレイを気にかけることはしなくなったんだ。
両親は特に何か不満を言うわけではなかった。むしろ、母は俺のことを気にかけてか、
「レイは私たちが望んで招き入れた子なのよね。ヒルスは、新しく家族ができたといっても、レイを本当の妹とは思えないわよね……。でも、それでもいいのよ。ただ、何年かかってもいいから、どんな形でもいいから、レイとあなたが、仲良くしてくれる日が来たらいいと思っているわ」
この母の言葉を聞き、俺は複雑な気持ちになる。
この同居人と仲良くできる日が来ることなんてない。俺は完全に確信していたが、心配させまいととりあえず首を縦に振ってみせた。
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