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――なかなか取材が終わりそうにないので、俺たち三人は会場内の駐車場でレイの帰りを待つことにした。段々と車の数が減っていき、気づけば俺たちだけが残される。
空はすっかり暗くなり、美しい三日月が目に映った。
「なあ、父さん母さん。俺、これからもあいつと仲良くやっていけそうだよ」
夜空を見上げ、俺は二人に今の自分の想いを正直に伝えた。
「あいつが頑張る姿を近くで見ていたら俺も頑張ろうって気持ちになれるんだ。正直最初は構いたくもなかったけど、今ではレイの存在自体が俺の活力になってるよ」
母は柔らかい表情で頷いた。
「初めの頃、ヒルスはあの子を見てとても戸惑っていたわよね」
「お前は弟妹なんていらんとずっと言っていたからなぁ」
父の言葉に、俺は何も否定出来ない。
「でも、あいつがただの同居人だなんてもう思わないよ。レイは、俺たちの大切な家族の一員だから」
普段こうして、三人でレイについて話すことはあまりしてこなかった。だが、俺の中で彼女に対する見方が変わった事実をどうしても両親に伝えたい。
本当は「レイを実の妹のように思っている」と言えるのが一番なのだろうが、どうしても嘘はつけなかった。
それでも、父も母も温和に包まれた表情を浮かべるんだ。
風の通る音だけが鳴り響く静寂の時間。
間をおいてから、母が小さく語り始める。
「レイはね、わたしとお父さんの希望の【光】なのよ」
その話に、俺は小首を傾げた。
「あれは――ヒルスがまだ二歳になる前ね。覚えていないと思うけど、あなたにはもう一人血の繋がった妹がいたのよ」
「えっ……?」
その告白に、俺は目を見張った。
うつむき加減になり母は小さな声量で、ゆっくりはっきりと昔を思い出すように言葉を紡いでいく。
「だけどね、生まれる前にお腹の中であの子は生きるのをやめてしまったの。臨月に入るわずか三日前のことよ。いつも通り定期検診に行ったんだけど、そこでお腹の子の心臓が止まっているとお医者様に告げられた……。わたしはその時に色々考えてしまって。何かお腹に強い衝撃を与えてしまったかしら? 変なものを食べてしまったかしら? それともお腹を冷やしすぎたのかしら? でもね、お医者様にも原因が分からなかったの。赤ちゃんの生命力の問題で、稀にお腹の中で亡くなってしまうことがあるから自分を責めないで、と言われたけれど……」
そこまで話すと、母は言葉をつまらせる。目から溢れそうになるものを、必死に抑え込んでいるようだ。
父は憂い顔をしながら、母の肩にそっと手を置いた。それから落ち着いた声で続ける。
「あの時の母さんは、本当によく頑張ってくれたよ。おかげで、最後にあの子に一目会うことが出来た。お腹から出てきた娘は、気持ちよさそうに眠っていたな。髪の毛は黒と茶色が混ざったような綺麗な色をしていて、瞼は二重だったんだ」
父の声はやがて小刻みに震え始める。
そんな父の肩に身を寄せながら、母は懸命にその過去を伝えてくれた。
「どうしてもわたしたちはあの子のことが忘れられなくて。もう一度、わたしたちの所へ来てくれないかと願い続けてたの。だけど……何年経ってもそれは叶わなかった」
この時、ハッとした。
――ああ、まさか。そういうことだったのか?
今になってようやく分かった。
俺が物心ついた時から、二人がなぜあれほどまでもう一人子供が欲しいといつも言っていたのか。
生まれる前に亡くなってしまった娘を想い続けていたんだ……。
何も言えない。ただうつむくことしか出来ない。
「全てを諦めかけていた頃にね、わたしは孤児院の存在を知ったのよ。国から正式に認められている施設ではないのだけれど。一人のシスターが個人で運営しているの。そこで出会ったのがレイだった……」
にこりと笑みを零し、母は語り続ける。
「レイを見た瞬間にね、なんとなくあの子と重ねてしまって……。髪の色と目元が似ている気がしたの。最初はなかなかお話もしてくれなかったけれど、どうしてもレイのことが気になってしまって……」
そこまで話すと母は顔を前に向けた。何とも、穏やかな表情だ。
「でもね、何度も会っていくうちに、わたしの中で何かが変わったのよ。初めはあの子とレイを重ねて見ていたのに、いつしかわたしはレイ自身を家族として迎え入れたいと思うようになった。笑うととても可愛い子で、よく懐いてくれた。――だから、当時わたしたちのことを見守ってくださっていたシスターから、レイの里親として審査に通ったことを伝えられた時、凄く凄く嬉しかったわ……」
父は母の横で大きく頷いていた。
子を失った二人がレイを養女として受け入れた気持ちを考えると、たちまち胸が締めつけられる。
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