10人が本棚に入れています
本棚に追加
ふんわりと温かい匂いがする。
まだ暗い部屋で、岡崎は目を覚ました。
いま、何時だろう——
顔に当たる部屋の空気は少し冷たい。秋になった、と思ったばかりなのに。きっとすぐに冬がやってくるだろう。
岡崎は目の前にある背中に鼻を押し付けた。
すー、
はー。
よく晴れた日に干した、シーツのような匂い。
胸いっぱいに息を吸い込むと、幸せな気持ちがお腹の底からじんわりと身体中に広がっていく。
すー、
はー。
ああ、好き、だ。
突然鋭い感情が身体の芯を突き抜ける。
岡崎は目の前の愛しい背中を抱きしめずにはいられなかった。シャツの中に手を入れて、直接手のひらで肌に触れる。
すー、
はー。
ああ、落ち着くなぁ。
柔らかい肌と、その下にある硬い筋肉、それからそれらに包まれた骨の感触を指でなぞる。直接は触れられない筋肉や骨も、しっかりと感じたい。もしかしたらその更に内側に彼自身の何かがあるのなら、それにだって触れていたい。
もっと、もっと、内側に……
思わずぐっと手に力が入った。
愛しい背中がビクッと揺れる。
あ、起こしちゃったかな……
ふと力を緩めた瞬間、岡崎は温かい腕の中にいた。髪に息がかかる。
すー、
はー。
あ。
彼の息は温かかった。岡崎のシャツの下へと潜り込んだ大きな手が、長い指が、岡崎の背骨をそっとなぞる。
「あ」
心地よさに声が漏れると、ふふふ、と吐息のような笑い声が頭の上から聞こえてきた。
「何?」
「実家の犬もこうすると気持ちよさそうにするんだ」
「そうなの」
「うん」
「もっと、して」
優しい指先が皮膚をなぞると、その下の薄い筋肉と背骨が小さく震えているような気がする。骨の一つひとつを梯子にして、快い感覚が頭に向かって昇っていく音を、岡崎は耳の奥で聞いた。
指が首から腰、腰から首、と動いていく。それに合わせて岡崎の身体の奥で、穏やかな波が寄せては引き、引いては寄せ、意識はどんどん沖の方へと流されていく。
「もっと強く、して」
「はいはい」
大きな手のひらが先ほどより幾分強い力で岡崎の背中をなでる。肌も筋肉も骨も、その下に隠された芯も、全部触ってほしい。もっともっと内側に。深い深いところまで。岡崎は身体を彼に寄せ、ぎゅうと抱きしめた。
最初のコメントを投稿しよう!