波の音が聞こえる

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ふんわりと温かい匂いがする。 まだ暗い部屋で、岡崎は目を覚ました。 いま、何時だろう—— 顔に当たる部屋の空気は少し冷たい。秋になった、と思ったばかりなのに。きっとすぐに冬がやってくるだろう。 岡崎は目の前にある背中に鼻を押し付けた。 すー、 はー。 よく晴れた日に干した、シーツのような匂い。 胸いっぱいに息を吸い込むと、幸せな気持ちがお腹の底からじんわりと身体中に広がっていく。 すー、 はー。 ああ、好き、だ。 突然鋭い感情が身体の芯を突き抜ける。 岡崎は目の前の愛しい背中を抱きしめずにはいられなかった。シャツの中に手を入れて、直接手のひらで肌に触れる。 すー、 はー。 ああ、落ち着くなぁ。 柔らかい肌と、その下にある硬い筋肉、それからそれらに包まれた骨の感触を指でなぞる。直接は触れられない筋肉や骨も、しっかりと感じたい。もしかしたらその更に内側にの何かがあるのなら、それにだって触れていたい。 もっと、もっと、内側に…… 思わずぐっと手に力が入った。 愛しい背中がビクッと揺れる。 あ、起こしちゃったかな…… ふと力を緩めた瞬間、岡崎は温かい腕の中にいた。髪に息がかかる。 すー、 はー。 あ。 彼の息は温かかった。岡崎のシャツの下へと潜り込んだ大きな手が、長い指が、岡崎の背骨をそっとなぞる。 「あ」 心地よさに声が漏れると、ふふふ、と吐息のような笑い声が頭の上から聞こえてきた。 「何?」 「実家の犬もこうすると気持ちよさそうにするんだ」 「そうなの」 「うん」 「もっと、して」 優しい指先が皮膚をなぞると、その下の薄い筋肉と背骨が小さく震えているような気がする。骨の一つひとつを梯子にして、快い感覚が頭に向かって昇っていく音を、岡崎は耳の奥で聞いた。 指が首から腰、腰から首、と動いていく。それに合わせて岡崎の身体の奥で、穏やかな波が寄せては引き、引いては寄せ、意識はどんどん沖の方へと流されていく。 「もっと強く、して」 「はいはい」 大きな手のひらが先ほどより幾分強い力で岡崎の背中をなでる。肌も筋肉も骨も、その下に隠された芯も、全部触ってほしい。もっともっと内側に。深い深いところまで。岡崎は身体を彼に寄せ、ぎゅうと抱きしめた。
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