噛み跡

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 今ならわかる。いちじくの香り。少しだけ、青々とした渋い香りの奥底にまるで秘密があるような甘い香りが潜んでいる。別れは、こんな魅惑的な香りがするのか。わたし達の間には、終わりの合図が流れている、そんな気がした。いちじくの華やかな香りには、桃の甘い香りも味も汁も負けてしまう。 「そう。終わりなのね」  思わず口にしていた。いつものわたしなら、なんとなく、曖昧に流すところを口にしていた。言葉には魔力が宿っているのに。言わなければ、わたし達に終わりはないかもしれないのに。 「そうだね」  かもね、って言ったおじさんが、そうだね、って言った。ならさっきも「終了」って宣言してくれたらよかったのに。変なこと、考えなくて済んだのに。 「この三年間で、君の写真千枚以上あるんだ。すごいだろ」  そんな顔しないで。まるで宝物を自慢する子供みたいな顔しないで。わたしは、どう答えるのが正解なのかわからなくて曖昧に笑って下を向く。そんなわたしの変化に気づいているのかいないのか。おじさんは、一番好きな写真を渡したい、と言った。 「どの写真かわかる?」 「……わかるよ」 「お、じゃあ、当ててみて」  おじさんは、今までにないテンションでわたしに話してくる。終わりだから? 楽しく終わりましょうってこと? どうにも、おじさんの意図を汲み取れないまま、わたしは言った。 「手の写真」
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