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第31話
「……っやば」
裏庭に誰か来た。
魔法で隠れてはいるけど、絶対に見つからないという保証はない。
私は木の上で息を殺して様子を窺う。
「リカリット国の王子が今度うちに来るって本当?」
「ええ。執事長が客間の掃除を念入りにしておけって言ってたもの」
庭を歩てるのはメイドか。なんだ、ビビって損した。
彼女たちは話しながら庭を抜けていく。裏口から街に出ようとしていたみたいね。買い出しかしら。
「リカリットって南の砂漠の国でしょ? 確かあそこは王子が八人いるらしいじゃない」
「そうそう、みんな美形なんだって」
「もしかして、その王子の一人がシャルロット様に縁談を持ちかけていたりするのかしら」
「そうなったらその王子様が国王になったりするのかしらね」
女子は恋バナが好きよね。キャッキャと話に花を咲かせながら去っていった。
なるほど、次の王子様はリカリット国の第六王子、ロッシュだ。キアノとは真逆の俺様系王子様。ノリも軽くて女遊びも激しい。
ゲームではシャルを側室にしようと近付いてきたんだっけ。でもシャルの純粋さに惹かれて、本気で好きになった。初めての本気の恋に翻弄される様子がファンの間でも人気があったわね。褐色の肌に美しい黄色の髪が素敵だったわ。
あのルートでの二人の障害になるのは誰だっけ。そうだ、彼の兄である第四王子のツヴェルだ。彼もシャルのことを気になっていて、三角関係みたいな展開になるのよね。
でもさすがにツヴェル王子はシャルのことを狙ったりはしないはず。魔術師がどういう風に彼に入れ知恵をしてくるか分からないけど、レベッカのときとは状況が違う。
レベッカはキアノが好きだからシャルと敵対関係になったけど、ツヴェルはそうじゃない。シャルに敵意を向ける理由がないもの。どちらかと言えば、恋敵になるのは弟のロッシュだ。でもロッシュと殺し合いにしたところで意味はない。
次の展開はちょっと読めないわね。
「ねぇ、ノヴァ。もし兄弟で同じ女の子を好きになった場合、貴方ならどうする?」
「がう?」
「分からない? そうよねぇ……私だったら身を引いちゃうけど、あの二人はそういう性格じゃないからなぁ……」
「がうがう」
「ああ、ゴメン。こっちの話よ。でも、この場合は例の魔術師はどう邪魔に入ってくるのかしら……展開の先読みが出来なくてどうしたらいいのか分からないわ」
「がう」
「ええ、どっちかを私が誘惑して三角関係にしなきゃいいって? 確かにそれなら兄弟で争うこともないけど、でもそれは相手を騙すってことでしょ? さすがにそれは無理よ」
そういえばロッシュルートのベルは似たようなことしてたっけ。
実の弟とシャルへの想いで心が揺らいでいたツヴェルのことを洗脳して、ロッシュと戦わせて、シャルも殺そうとした。
殺されそうになったシャルを身を挺して守り、ツヴェルの心に必死に訴えかけた弟の想いに正気を取り戻して、二人から身を引くのよね。
まさか、ツヴェルが洗脳されるかもしれないってことなの?
レベッカもそうだったけど、本来ベルがやるはずだったことをこの黒幕が行ってる。だとすれば、あり得ない話じゃない。
だったら、そうなる前に私が彼を誘惑するのは間違いじゃないかもしれないけど、でもさすがにそれはなぁ。私、前世で彼氏に振られてるのよ。その彼氏だって大学時代になんか流れで付き合うことになっただけで、恋人らしいこともそんなにしてないのよ。
そんな私が一国の王子を誘惑って。いや、見た目だけならベルの顔はメッチャ美人だから可能でしょうよ。でも、どうやって口説くの。口説き文句なんて分からないわよ。レベッカのときとは違うでしょ。男相手に顎クイしたって意味ないでしょ。
「でも、そこをクリアできればロッシュとシャルが結婚してこの国も安泰……ってことになるわよね。キアノのときと違ってロッシュは第六王子だから婿入り出来るし」
「がうがう」
「だから私に誘惑とかそういうのは無理よー。巨岩からシャルを守るとか力任せに解決できることなら喜んでやるのにー」
こうなったらツヴェルが洗脳される前に、先手を打つしかないわ。今のうちにリカリット国に行って、彼の周辺を探れば魔術師の尻尾を掴めるかもしれないじゃない。
「よし。ノヴァ、リカリット国まで行くわよ!」
「がーう」
「面倒臭がらないで! お願い! 確かに砂漠遠いけど!」
「がうがう」
「聖獣使いが荒い!? 分かった、ちゃんとお礼するから!」
「がうう」
ノヴァが溜息を吐きながら頷いてくれた。
そうだ。どれくらい家を空けるか分からないから、一旦戻ってレベッカに手紙を出しておきたいわ。実は今朝、レベッカから魔法鳩でお菓子を送ってくれていたのよね。女子力が高くて羨ましいわ、本当に。
「ノヴァ、一度帰りましょう。準備をしないと」
「がう」
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