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第35話
「おや、ツヴェル王子。綺麗な女の子連れてデートかい?」
「王子。よかったらうちの店にも寄ってくださいよ」
さっきから行く先々で声を掛けられる。
ツヴェルは本当に街の人たちから慕われているのね。にしても、簡単にだけど変装しておいてよかった。噂になっても困るもの。
「すみません、スカーレットさん。変に誤解されて……」
「いいえ。王子が皆に慕われてるのがよく分かりますわ」
「あはは。みんな家族のようなものですからね」
誰にでも壁を作らない。そういうところが好かれるのね。ゲームではシャルに振られちゃうけど。
ゲームやってるときもちょっと思ってたもん。ロッシュよりツヴェルの方が結婚したら幸せに暮らせるんじゃないかなって。だってメッチャ優しいもん。良い旦那さんになりそうじゃない。ロッシュもシャルに惚れてから丸くなるけど、断トツで兄の方が良い。あくまで私はね。
「そうだ。スカーレットさんはコーヒーはお飲みになりますか? さっきの広場にあった店のカフェラテが美味しいんですよ」
「そうなのですね。では、いただきます」
嬉しいかも。この世界に転生してきて初めてのコーヒーだわ。前世では毎日飲んでたし、この国にあるって知った時はなんで輸入しないのか不思議に思ってたもの。
何でもこの国で栽培されてるコーヒー豆は気温の変化に弱いとかで、砂漠を超える道中で香りが弱くなってしまうらしい。
確かにハドレーまで遠いもんね。それにここは砂漠の真ん中にある国。移動も不便。だからこの国に来ないと美味しいコーヒーを楽しめないのよね。
ツヴェルに案内されて、私たちはカフェでコーヒーを二つテイクアウトした。コーヒーの飲み歩きとかもう本当に前世を思い出しちゃうじゃない。有名チェーン店のコーヒーフラペチーノが大好きだったのよね。さすがにこのお店では売ってなかったけど。
さりげなく提案してみたら作ってくれちゃったりしないかしら。
「どうぞ、私のお気に入りなんです」
「ありがとうございます」
紙コップに刺さったストローを口に咥え、一口飲む。
はぁ。懐かしい味。前世で飲んだものより苦みと酸味が少し強いけど、十分美味しいわ。紅茶も嫌いじゃないけど、やっぱりコーヒーがいい。
「とっても美味しいですわ。さっぱりしていて、乾いた喉に沁み込むようです」
「それは良かった! 実はこのお店、祖母が若い頃に経営していたんです。その昔、旅商人からコーヒー豆を手に入れたとかで、この香りを生かしたものを作れないかって祖父と一緒に研究したそうなんです」
「へぇ、そうなんですね。よく飲み物にしようという発想に行きましたわね」
「ですよね。僕も話を聞いた時は驚きましたが、キビの粉と牛の乳を入れると子供でも飲めるようになるって、僕にもよく飲ませてくれました」
コーヒー牛乳のことね。分かるわ、私もお母さんによく買ってもらってた。
これ、どうにかして輸入できないのかな。この世界には真空パックとか鮮度と保てるものがないのよね。そういうのを開発できれば、色んな商売が上手くいくのに。
それにしても、なかなか距離縮まってるんじゃないかしら。ツヴェルの一人称が普段の僕になってるし。
「ねぇ、王子様。この冷たいコーヒー。もっと冷たく……そうね、凍らせてから砕いてみるとかどうかしら?」
「凍らせるんですか?」
「ええ。それをアイスコーヒーと混ぜて、飲めるかき氷、みたいな?」
「なるほど、それは良いかもしれませんね。やっぱり旅をされてるだけあって色んな考えが生まれてくるんですね! 参考になります!」
「い、いえそんな。王子様に向かって差し出がましいことをして申し訳ありません」
「そんなことありませんよ。王子という立場から色んな人に出逢ってきましたが、貴女のように聡明で美しい人は初めてだ」
「そんな……王子様にお褒め頂いて光栄ですわ」
やったわ。やったわよ、ノヴァ。私、結構上手くやれてるんじゃないかしら。ぶっちゃけ普通に会話してただけなんですけど。
ここでお別れして、また会いましょうみたいなこと言っておけばツヴェルの心にしっかり私の印象を残せるでしょ。
「ああ。もうそろそろ行かないと……王子様、貴重なお時間をありがとうございました」
「いいえ。僕の方こそ貴女とお話しできて楽しかったです。今度は、本当のあなたとお会い出来る日を待っていますよ」
「ええ。それ、…………では?」
あれ。今、何て言った?
「どうかなさいましたか? スカーレットさん」
「あの、今のは……どういう?」
「え? あ、ああ。貴女の髪、それに名前も本来のものとは違いますよね。きっとそうせざるを得ない理由がおありなのでしょう。それを深く追求する気は僕にもありません。貴女は悪意を持って嘘を吐く人でないのは分かりましたから」
「……ツヴェル王子。ありがとうございます。でも、何故?」
「私の魔法特性、音は色んな人の音を聞き分けます。人が話すときの声のトーン、それに髪の擦れる僅かな音だって聞き逃さない。本物と偽物を区別できる程度に鍛えたつもりです」
「そういうことでしたか。お見それしました」
またしても大事な情報を忘れていた。重要なストーリーや結末は一応覚えていたけど、各キャラの情報は結構忘れちゃってたみたいね。
「今はお話しできませんが……いつかちゃんと、本当の私でお詫びに参りますわ」
「お待ちしてます」
「それと、もう一つだけ良いでしょうか?」
「何でしょうか」
「……最近、魔術師と名乗る者が現れませんでしたか?」
「魔術師……いいえ、うちにも何人か王に仕える魔術師はいますが、部外者はいませんよ」
「そう……」
「その魔術師がどうかしましたか?」
どうしよう。証拠もないのに変なことを言っても信じてもらえるか分からないし、ちょっと注意しておくくらいでいいかしら。
「いえ。ちょっと、友人がその人に騙されかけたことがありまして……」
「そうなんですね。それを僕に聞くってことは、その人がこの国に来る可能性があるということですか?」
「確証はありませんが……ゼロではないと思っております」
「わかりました。じゃあ、僕も気を付けておきます」
「ありがとうございます、ツヴェル王子。では、私はこれで……」
深く頭を下げて、私は国を後にした。
ああ。もう一杯くらいコーヒー飲んでいっても良かったな。
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