第36話

1/1
前へ
/108ページ
次へ

第36話

 外に出てノヴァと合流し、リカリット国から少し離れた場所にあるオアシスで一旦足を止めた。 「ふう。ノヴァ、そっちの方がどうだった?」 「がうがう」 「やっぱり異常なし、か。基本的に痕跡は残さないわね」 「がう?」 「私? そう、ねぇ……一国の王子は侮れないなぁって思ったわね」 「がうがう?」  私はツヴェルとのことを話した。  さすがに私がハドレー国の家出姫、ヴァネッサベルだってことは分からないだろうけど、深く詮索しないでくれたのは嬉しい。  きっと彼の中で私は謎に包まれた女としてちょっとくらいは意識してくれたはず。  遠すぎるけど、またコーヒーを飲みに遊びに行きたいわ。 「がう!」 「え、コーヒーの話しかしてないって!? そんなことないでしょ。街を案内してもらったりしたし、傍から見ればデートじゃない。この顔が隣にあるだけで誘惑されるでしょ」 「がう……」 「そんな顔しないでよ。でも印象には残ったわよ、フラグ立ったわよ。これでツヴェルがどっかの国に外交にでも行ったときに偶然を装って会えたりすれば好感度も上がりそうだけど……さすがに王子のスケジュールは分からないしなぁ」 「がう」 「え、レベッカ? ああ、確かにあの子なら侯爵令嬢だし何かしらの理由を付けて王宮に来ることは出来るだろうけど……そうねぇ、リカリット国のパーティーに参加するのが一番自然かしらね。その時に私が友人として付き添うとか……」  リカリット国のパーティーは王家主催のお祭りみたいなものだから、他国の人間でも気軽に参加できる。それを狙って、ツヴェルがシャルに好意を持たないようにする。何か騙すみたいで気が引けるけど、死ぬよりマシよね。 「ツヴェルに魔術師のこと言ったし、もしレベッカに近付いてきた奴が彼の元に来ても多少は警戒してくれるかもしれないわ」 「がう」 「ええ。相手が来るかも分からないのにここで待っていても仕方ないし……帰りましょうか」 「……がう」 「分かってるって。コーヒーは飲みたいけど我慢するって」  何よそんな人をカフェイン中毒みたいに。久々に飲んだから、懐かしいなって思ってるだけよ。  別に真空パックの研究とかしようなんて考えてないわよ。  懐かしのコーヒーの香りに別れを告げて、私たちは帰宅した。  魔術師が現れた時のことを考えて長居するかもって思っていたけど、一泊だけで済んだわね。ツヴェルの相手の嘘を見抜ける力があれば、そう簡単に惑わされることもないでしょう。ゲームのときと違って、ちゃんと魔術師に関する情報を与えている。ベルは彼を絶望に追い込んで洗脳させていたけど、今の彼は実の弟の恋敵になることもないからきっと平気でしょう。  どこの誰かは知らないけど、貴方の好きにはさせないんだから。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

137人が本棚に入れています
本棚に追加