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第56話
翌朝。約束通り、ツヴェルから小型の無線機を受け取った。シャルも今日の昼にはここを発つそうなので、もうリカリット国に残る理由もない。
「それじゃあ、私たちはもう帰るわ」
「名残惜しいですね。また遊びにいらしてください」
「残念だけど気軽に来れるような距離ではないのよね」
「それなら、僕が迎えに行きますよ」
「王子様自らなんて光栄だわ。でも目立つから止めてね」
「それは残念ですね」
私たちはツヴェルに別れを告げてリカリットを後にした。
ほんの少し滞在しただけだったけど、何だか何週間もいた気がするわ。
「お姉様」
「なぁに、レベッカ」
「その、お姉様が言っていた分岐、とか、その……予知? それって、確実なのでしょうか」
「どうしたの、突然」
帰る道中、レベッカが聞いてきた。
まぁ予知なんてもの、そう簡単に信じられないわよね。
「それは、分からないわ。あくまで予想の範疇よ」
「そうなのですね。でもお姉様はそれを信じて、家出までなさったのですよね」
「まぁね。だって、嫌じゃない? 自分が悪役になる未来なんて」
「ええ。確かに私もそう思います」
何だろう。なんかレベッカの口調が変な感じ。
落ち込んでるのかしら。でもそんな話はしていないはず。
「……私、お姉様が魔術師に向かって行くの、怖いです」
「え?」
「あの人の言葉、物凄く重たくて……一言一言が鉛のようで、心にずっしりと圧をかけてくるみたいな……」
「そっか。今のところ直接会っているのはレベッカと貴女のお父様だけなのよね」
「もしお姉様があの人に操られてしまうようなことがあったら……お姉様が望まない未来にされてしまったら……そう思うと、なんだか悲しくて」
「気にかけてくれているのね。ありがとう」
「私は、一度あの魔術師に利用されてしまいました。お姉様の大事な妹君を襲ってしまい、嘘に踊らされてしまいました……私はずっと後悔しているのです」
前にも似たようなことを言っていたわね。
この子が私に対して過保護というか、執着に似たものがあるのはそのせいなのね。
バッドエンド回避のために色々話しちゃったけど、そのせいで色々と考えちゃったのかしら。あまり責任を背負ってほしくないんだけど、私が言っても気休めになるか分からないわね。
「レベッカ。貴女が負い目を感じることなんか一つもないのよ。貴女と私の出逢い方は、私の知る未来とは大きく違う。貴女もシャルのことを憎む気持ちもない。それだけで充分なの」
「……で、でも! 私、お姉様が撃たれたのを見てから、ずっとずっと怖くて……物語に分岐があるなら、私がした選択のせいでお姉様が撃たれる未来に変わってしまったんじゃないかって……!」
レベッカが、私の背中に額を押し付けて体を震わせている。分岐なんて話、しない方が良かったわね。
一つの選択が未来を変える。そんな考えが、レベッカをネガティブな思考へと導いてしまった。
これは、むしろ私の選択ミスね。反省だわ。
「これは全て、私の我儘なのよ。私が撃たれたのは私の責任。それに、私は自分が死にたくないって気持ちだけで動いてる。貴女は、それに巻き込まれただけ。そう思えばいいの」
「お姉様……」
「前に言っていたけど、罪とかそういうの背負わないで。償いのために動かないで。私は貴女に幸せになってほしいだけなのよ。むしろ償うのは、私の方なんだから……」
「それは、予知した未来のお姉様のお話ですか?」
「そうよ。もしかしたら有り得たかもしれない未来……そこでのヴァネッサベルは、皆の不幸を糧にするような人間だった。そのために、貴女も利用した。そんな未来、回避しようと動くのは当然じゃない」
忘れないわ。レベッカが利用されるシーン。シャルを恨ませ、嫉妬に狂わせ、愛するキアノにすら憎まれる役割を押し付けた。
あのシナリオを見て、ベルを嫌いにならない人なんていないわ。
「笑いなさい、レベッカ。もう二度と馬鹿なことを言わないで、罪の意識なんか笑って吹き飛ばしなさい」
「っ、はい!」
もうこの話は終わり。
明るい話をしましょう。みんなが笑っていられる未来のために。
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