第58話

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第58話

 何かしら。また夢?  真っ暗で何も見えない。いつの間にか例の魔術師に魔力つけられていたのかしら。 「ベル様。ベル様……」  誰の声?  少年のような、細い声がする。知らない。私には少年の知り合いなんていないはず。それなのに、何でだろう。聞き覚えがあるような気がする。だけど、全く分からない。  なんで。知らないのに知っている。物凄く不思議な感覚。 「貴女の無念を、僕が晴らす……だから、どうか……」  何を言ってるの。私の無念?  いいえ、私じゃない。ヴァネッサベルの無念を晴らしたいと言っているのかしら。だけどベルが何を思い残しているというの。だってこの世界のベルは、私。私がヴァネッサベルとして生まれたというのに、何をどこに思い残しているの。 「ああ……貴女の心はどこに行ってしまわれたのですか。どこに置いてきてしまわれたのですか……僕が、僕は、取り返しのつかないミスをしてしまったのですか……ごめんなさい、ごめんなさい……」  駄目だわ。こっちの言葉は聞こえているみたいなのに、全く会話にならない。  真っ暗で相手の顔も見えないし、気配も魔力も感じられない。また夢から覚めたらあなたのことを忘れているんでしょうね。  忘れられないように、もっと印象を強く残せればいいのに。 「…………貴女に出来ないのなら、僕が……僕が、貴女の望みを叶えます。この身に代えても、必ず……貴女が忘れてしまっても、僕は永遠に覚えてる……貴女が何度僕のことを忘れても……僕を、迎えに来てくれなくても……もう、いいんです」  迎えに、ってどういうことなの。  ゲーム内でベルが誰かを迎え入れるようなシーンはなかったはず。ベルのそばには彼女の取り巻きが沢山いたけど、そのうちの一人なのかしら。  でも、さすがにそんなモブのことなんか覚えていないわ。  もっと他に、彼女のそばに印象的な人物がいなかったかどうか。思い出せ。思い出さないと、先に進まない。  夢から覚めたらまた忘れちゃう。今の内に思い出せ。思い出さないと。 「もう、やめてください。何もしないでください。貴女に、もうツラい思いはさせない……今の貴方に僕が必要ないなら、それでいいんです……貴女にとって邪魔になるものは、僕が排除する……貴女を傷付けた者は全て……殺します」  待って。待って。声が遠くなっていく。  夢から覚めてしまう。お願いだからやめて。シャルに手を出さないで。  やめて。やめて。やめて。  ――やめて。 「がうがう!!」 「っ!?」  ノヴァの声が耳元でして、私は飛び起きた。  息が苦しい。心臓が飛び出しそうなほど早鐘を打ってる。全身が汗だくで気持ち悪い。 「……ノヴァ。私の周りに、何かついてる?」 「がう」 「そう。また、魔術師の魔力が……魘されていたから消してくれたのね、ありがとう」 「がう?」 「ううん。どうせ思い出せないだろうから、消しちゃっても問題ないわ。でも、向こうは一方的に私とコンタクトを取れるみたいね……ちょっと厄介だわ」  私が魘されていたから心配して魔力を消してくれたんだろうし、思い出せなくなったのは仕方ないわ。  前回と違ってこんなに汗をかくほどの夢だったんだし、かなりヤバかったのかもしれない。  本当に、一体誰なの。魔術師って。
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