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第59話
このままじゃ気持ち悪い。汗を流すために私はシャワーを浴びた。
熱いお湯を浴びながら、呼吸を整える。
嫌な感じ。夢の内容を思い出すことはない。綺麗に忘れている。だけど、胸の中に何かモヤモヤとしたものがある。それほど夢の中で何か印象に残ることがあったのかもしれない。
今回ばかりは忘れずに思い出そうとした方が良かったかもしれないけど、ノヴァが心配になるほど魘されてたのなら仕方ない。そこは責められない。
でも、また魔術師は私に接触してきた。それは間違いない。何を伝えようとしたのかは分からないけど、またパーティーの襲撃が失敗して焦ってるのかもしれない。
そろそろ諦めてくれないかしら。私にはシャルからのフラグを折るっていう仕事も残ってるんだから。
「……はぁ。未来を変えるって大変ね」
当たり前だけど家出をしたときはこんなことになるなんて思ってなかった。シャルが無事に王位を継いで優しくてカッコいい王子様と結婚するまで見守ることが出来ればそれでいいと思っていたのに、こんな事になるなんて。
いや、そんなこと思ってても仕方ない。次のことを考えなきゃ。
朝になったらまたシャルの様子を見に行って、あの子やその周囲がどう動くのかを観察しないと。
ロッシュは国に帰ってしまったし、正直イベントが起きないから好感度は上がりにくいかもしれない。ゲーム内ではベルがシャルを追放したから彼と行動を共にしていたけど、今は違う。
そうなるとシャルは自分を助けた仮面の男のことを考えてしまう。その男が実は男じゃなくて消えた自分の双子の姉だと知らないまま想いを馳せ続けてしまう。それは困る。とっても困る。
私はシャワーを止めて、浴室を出た。
軽くタオルを体に巻いてベッドへ腰を下ろす。汗を流したおかげで少し気持ちもスッキリしたような気がするわね。
気持ちを切り替えて、前を向かないと。
「ノヴァ、私が魘されてるとき何か言ってた?」
「がうがう」
「無念? ベルの、無念……何かしら、意味が分からない……」
「がう」
「思い出す? 私が? 夢の内容じゃなくて、誰かを思い出そうとしているの? うーん……私、そんなに知り合いなんていないんだけど……城にいた頃に誰かと会ってるとか? でも忘れて困るような知り合いなんかいたかしら……」
駄目だ。全く思い出せない。
城にいた頃に会ってるのは家族以外だとメイドや執事、兵士。あとは王に謁見しに来る人を見かける程度でこれは知り合いってほどじゃない。
さすがに十年以上前のことは朧気にしか覚えていない。前世の記憶の分もあるから、余計にごっちゃになってるのかもしれないわね。
私は生まれた瞬間から前世の記憶があった。だから普通の子供よりも物覚えが良かったし、この世界の言葉を覚えるのも早かった。中身は成人女性だから当たり前なんだけど。
だから、印象的な人がいれば忘れるはずはない。いくら記憶自体が朧気でもそれくらいは覚えていそうなのに。
「思い出せないものは仕方ないわね。魔術師に直接会えば誰なのか分かるはずよ」
「がう」
「はいはい。着替えますよ」
「がう!」
「髪もちゃんと乾かします! 本当にもうお母さんみたいなこと言うんじゃないわよ」
オスのくせに中身はお母さん気質ってどういうことかしら。
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