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第60話
「よーし。今日も張り切っていくぞー!」
「がうー!」
目が覚めちゃったし、まだ夜明け前だけど動き始めちゃおう。
朝ごはんを用意して、ノヴァ用の大きなパンを焼いて、私はサクッと軽食を済まして畑の水撒きをした。
今日はいい天気になりそうね。立て続きに嫌なことが起きないといいけど。
やることを終え、私は久々の怪盗スタイルでノヴァに乗っていつも通りハドレー城へ侵入した。
リカリット国でも襲撃があったことで城内の警備が前よりも強化されている。おかげでちょっと入りにくかったわ。まぁ守りが固くなるのはそれは良いことなんだけど。
「……シャルの様子は変わらないわね」
偉い子だわ。周りに心配かけないように常に笑顔を浮かべてる。
心の内までは分からないけど、少しも怖くないってことはないでしょう。キアノが近くにいてくれているとはいえ、不安は拭えないはず。
こういう時、本当なら姉である私がそばで慰めてあげるところなんだろうけど、ベルにはそれが出来ない。私がどんなに優しい言葉をかけようとしても、何故か冷たい言葉に変換されてしまう。
これがなければ、姉妹として仲良くできたかもしれないのに。
まぁどっちにしても城での暮らしは嫌だから家出してたかもしれないけど。中身は一般庶民ですからね。
「……がう」
「ん? どうし、って……嘘でしょ」
ノヴァが低く唸るような声で話しかけてきたから何かと思えば、空に大きな黒い物体が浮いていた。
一体何の魔法なの、あれは。あんなの蹴り飛ばしたりしたら私の体がどうなるか分からない。だけど、物凄い重圧がある。城の周囲の兵や遠くからあれを見てる街の人たちが騒いでる。
「な、何事ですか?」
マズい。窓からシャルが顔を出そうとしてる。
私は慌てて木の上から移動して、バルコニーの屋根部分に飛び乗った。
「あ、あれは!?」
「シャルロット様、危険です。下がってください!」
キアノがシャルを部屋の中に下がらせようとする。
ただ二人とも困惑してる。冷静な対応が出来てない。早く逃げた方が良いのに、あの訳の分からないものに目を奪われてる。
よく見るとあれは周囲の物を吸い込んでいるみたい。ということは、あれは重力系の魔法だ。近付いたら吸い込まれて、一瞬でゲームオーバー。
どうすればあれを消せる。術師を叩くしかないのか。でも、どこにいるのか分からない。
「…………ノヴァ、この近くに魔術師の気配は?」
「がう」
「わからない!? もしかしてあの黒いのが邪魔しているのか……」
「がうがう」
「逃げられないわよ。このままシャルがあれに飲まれたりしたら……」
あんなの、ゲームにはなかった。重力を使うキャラなんかいなかったし、対処法が分からない。
黒い塊が力を増し、ドンドン周りの物を吸い込んでいく。
あんなの、ブラックホールだ。このままじゃ、この城だって壊されてしまうかもしれない。吸い込まれないように、私は必死にノヴァにしがみついた。
「きゃああああ!」
「姫!」
バルコニーからシャルが飛び上がった。キアノが伸ばした手も届かず、あの重力の塊に吸い込まれていく。
「――っ!」
考えるよりも先に体が動いた。
飛び上がるシャルの手を掴み、抱きかかえる。屋根のふちをどうにか掴めたけど、吸い込む力の方が強い。このままじゃ飲まれてしまう。どうする。どうすればいい。
「……ノヴァ、燃やして!!」
「がう!!」
そうだ。あれだって魔法。魔力の塊。だったら、ノヴァの炎で燃やせる。問題はあれを燃やし尽くせるほど、ノヴァの力が持つかどうか。
ノヴァの吐く炎がブラックホールにドンドン吸い込まれていく。
あとは力比べだ。
「あとで私の魔力を上げるから、全て出し尽くしなさい!」
「がああ、ぐあああああああああ!!」
ノヴァの炎が一気に力を増す。
ブラックホールは炎を吸収しきれず、中から膨れ上がるように破裂した。
危ないところだった。まさかこんなことまでしてくるなんて。もう手段を選ばないつもりなのかしら。
腕の中のシャルの様子を確認すると、途中で気を失っていたようで意識を失ってる。さすがに屋根の上に置いていくわけにもいかないし、裏庭に寝かせておきましょう。
「ノヴァ、私の血を飲んで」
「……がう」
さっきシャルを助けた時に飛んできた瓦礫で手を擦りむいていた。血が滲む手の甲を差し出すと、ぐったりしながらノヴァがペロッと舐めた。
さすがにノヴァが動けないと、ここから逃げることも出来ない。
あの炎は私の魔法じゃ隠し切れないし、誰かに見つかる前に退散しておかないと。
「がう」
「文句は後でね。今は逃げましょう」
私たちは兵士が来る前に急いで城を抜け出した。
シャルはすぐに保護されたし、あれだけの大出量の魔法を使った後だから、魔術師も今日は動けないはず。一応今回もノヴァの分身を置いていったから、何かあれば気付けるし。
すぐ噂になるだろうけど、レベッカとツヴェルにも報告しないとね。
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