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第69話
「私には、前世の記憶があるのです」
そう言うと、二人は驚いた顔をした。私だって急にそんなこと言われたら信じられないって思うだろう。
でも二人は口を挟むようなことはしなかった。だから私も話を続ける。
「私は前世ではこことは全く違う世界で暮らしている普通の女でした。一般家庭に生まれ、普通に就職して、毎日仕事ばかりして……思い返してもつまらない人生でしたが……仕事の帰り道、車……いえ、その世界の乗り物に轢かれて死んでしまったのです。そして、気付いたらこの世界の、この体に生まれ変わっていました」
簡単に説明しちゃったけど、異世界の話なんかして信じてくれるかしら。
二人の顔を見るけど、疑っているような様子はない。言ってることが嘘でないと分かるからこそ、疑う気持ちもないのかしら。
「驚きました。私は生まれた時から前世の記憶があり、この世界の存在を元より知っていたのです」
「どういうことだ?」
「……前世で、私が好きだったとある架空のお話と全く同じ世界だったからです。そして、その物語の悪役が、この体……ヴァネッサベルだったのです。私は驚きました。このまま物語通りに進めば、私は死んでしまう。そして私の知るヴァネッサベルは妹であるシャルの命を奪おうとしていた。だから私はあの城を出ることを決意したのです」
「……なるほどな。異なる世界が存在するというのは驚いたが、物語か……それは一種の予言書なのか?」
「うーん……そんな大層なものではないのだけど……そう受け取ってくれてもいいのかもしれませんね。この世界のことが記されているのだから、考え方によってはそうなるのかも」
「じゃあ、貴女が見た予知夢というのは、その予言書のことだったのですね?」
「そうよ。あの時は前世の話なんてしても信じてもらえると思わなかったから説明しなかったけど……」
ツヴェルが深く息を吐いた。魔法のある世界だからだろうか、こういう話をしても嘘だとは思わないのかもしれない。元いた世界にはそういったファンタジー要素が空想の中にしか存在しないから、こんな話したら頭おかしいとしか思われなかっただろうけど。
「つまり、私という存在に対する違和感は本来のヴァネッサベルにはない記憶を持っているから……ということだと思います」
「そういうことか。君という人格がその体の本来の持ち主であるヴァネッサベルの人格を塗りつぶしてしまったと?」
「言い方がちょっと気に入らないけど……そういうことになるのかしら。その辺は私にも分からないわ。私がなんでこの体に生まれ変わったのか、私の知ってるヴァネッサベルの人格がどうなっているのかまでは……」
「……ふむ。君の世界にあった予言が変わったのだろうか。不思議だ。どうなっているのか気になる……」
ナイトがブツブツと何かを呟きながら壁に何か文字を書き始めた。
私からしたら彼の方が不思議だわ。というか、ちょっと不気味ね。
「ベル。その予言書には今回の事件……魔術師のことは書かれていなかったのですか?」
「ええ、分からないわ。そもそも私の知ってる話の悪役はヴァネッサベルだったんだから」
「そうか……そうだったね。予言の内容を修正するために現れた存在だと言ってましたね」
「修正? なんだ、それは」
「私が以前彼に話したことです。私が予言に書かれた内容と異なる行動をとってしまったために、本来の未来に修正しようとする何者かの存在が生まれてしまったのではないかと……あくまで仮定の話ですが」
そう言うと、ナイトは再び壁に向かって文字を書き始めた。
凡人の私には彼が何を書いてるのか全く理解できないけど、そもそも理解する必要ないんだなってことは分かってるので問題なし。
前世のことは誰にも話すつもりはなかったけど、ナイトへの信用を得るためには必要なことだった。別に隠すようなことでもなかったし、特に気にすることでもない。
「…………僕も仮定の話をしようか」
「え?」
壁に向かったままのナイトがポツリと呟くように言い出した。
「もしも。もしもだ、君のように前世の記憶を持っていて、君と同じようにこの世界の未来ことを知ってる者がいたら……その者は予言通りの未来でないと不都合があったとしたら?」
「……それは、シャルが死なないと都合が悪い人がいると……?」
「仮定の話だ。僕の予想では黒幕はガキだし、そのガキが自分にとって都合が悪くなる人間を始末しようとしているのかもしれない。前世の記憶を持っていなかったとしても、何かしらの形でこの世界の未来を知っているかもしれない」
そうか。前世の記憶を持っているのがそもそも私だけとは限らない。魔法がある世界なんだから予言、予知の力を持っている者だっているはず。
バッドエンドにさせることで都合がいい人間。そんな人がいるのかもしれない。バッドエンドは一度しかプレイしてないからそこまでストーリーを覚えていないのよね。
もしかしたらバッドエンドシナリオの中に重要な人物がいたのかもしれない。それを思い出せれば、何かが掴めるかも。
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