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第70話
とりあえず、今出来る話は全てしたと思う。今日のところはもう宿で休もうかしら。ノヴァも部屋の隅で不機嫌そうにしてるし。
「それじゃあ、今度こそ帰りますね」
「ああ。今日はこの国で一泊するのだろう?」
「はい。明日の朝には発ちます」
「そうか。次に会うのはハドレー国だな」
「私を見つけても話しかけないでくださいね」
私が言うと、ナイトは思い出したようにそうだったなとだけ呟いた。大丈夫かしら。彼のせいで私が忍び込んでいるのがバレたらどうしましょう。今度から今まで以上に気を付けないと。
「じゃあ、ナイト。僕も帰るよ」
「ああ、またな」
ツヴェルがドアを開けてくれたので、私は一言お礼を言って部屋を出た。その後ろから付いてきたノヴァはずっと眉間に皴を寄せたままだった。
そのまま私たちはこの国唯一の宿屋に案内された。滅多に観光客も来ないので、宿などの施設は少ないらしい。リカリット国とは真逆ね。
「ツヴェル王子はナイト王子と仲が良いのね?」
「ええ。幼い頃に父と共にこの国に来たときに知り合ってから仲良くしています」
「少し意外ね。ナイト王子って人付き合いとか興味なさそうに見えるのに」
「そうですね。確かに彼は研究に没頭してばかりで人との関りには欠片も興味がないんです。ですが、なんというか……一つのことに集中して周りが見えず、怪我をすることも多々あるので僕の方が気になってしまって……」
「それで世話を焼いてしまったと。貴方らしいわね」
「幼少時、この国に少しだけ滞在していた時に彼の面倒ばかり見ていまして……そのおかげか彼も僕に少し心を開いてくれるようになりまして、それで友人になれたのですよ」
二人にそんなことがあったのね。そう思うと、意外でもないのかしら。ズボラな王子と世話焼き王子。バランスは良いのかも。
小さい頃の二人の様子を想像すると、何だか微笑ましいわ。
「そうだ。実は僕もナイトと一緒にハドレー国へ行こうと思っているんです」
「え、ツヴェル王子が!?」
「はい。リカリット国を襲撃した犯人がシャルロット姫を襲っている者と同一人物であるのなら、我が国も黙ってはいられません。何としても犯人を捕まえろ、と父が言ってました」
「そ、そう。まぁ戦力が増えるのは嬉しいことだわ」
「それに、ロッシュも一緒です」
「そうなの?」
「僕がハドレー国に行くことを話したら俺も行くと言ってきまして」
ロッシュは本気でシャルを攻略しようとしてるみたいね。
私は全力で応援するわよ。訳の分からない仮面をした奴なんかじゃなくて将来有望でカッコいい王子様の方が良いってことを教えてあげてちょうだい。
「着きましたよ」
ツヴェルが足を止めたその場所は、こじんまりとした宿屋だった。大きくはないけど、外観は綺麗で童話に出てきそうな雰囲気のある木造の建物だ。中から小人でも出てきそうね。
「もう部屋は取ってあります。ただ、彼のことを知らなかったので一人部屋なのですが……」
「大丈夫よ。部屋に入ったら元の姿に戻るから」
「そうですか? まぁベッドは大きいので問題はないと思いますが」
「ツヴェル王子のお部屋は?」
「貴女の隣の部屋ですよ。もし何かあったら呼んでください。それと、食事は部屋食にしますか? それともどこかレストランでも」
「お部屋で済ませるわ。そろそろノヴァが限界だし」
私は眉間の皴が跡になって消えないんじゃないかってくらいイライラしているノヴァの腕を引っ張った。
その様子にツヴェルも小さく笑みを零し、フロントから預かった部屋の鍵を渡してくれた。
「あとで我が国のコーヒーを持っていきますね」
「あら! 持ってきているの?」
「ええ。ベルが気に入ってくださっていたので」
「ありがとう。じゃあ部屋で待っているわ」
ツヴェルに礼を言い、私たちは用意してもらった部屋へと入った。
今日は何というか精神的に疲れる日だったわ。
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