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第72話
「がう!」
声を掛けられ、私はノヴァが見ている方へ視線を向けた。
森の奥、小さな湖のある場所。そこにシャルは一人で座り込んでいた。
周囲に人の気配はない。どうやらシャルはメイド達の目を盗んで城を抜け出しただけみたいね。一先ずは安心かしら。
私は木の陰に隠れて様子を窺うことにした。
「…………はぁ」
なんか落ち込んでいるみたいだけど、大丈夫かしら。
無理もないか。何度も命を狙われているんだから怖くなっても仕方ない。それにたまには一人になりたくなることだってあるわよね。色んな責任やプレッシャーを背負って生きているんだもの。
そんな人生を負わせてしまって、本当に申し訳ないと思っているわ。
きっとシャルは私のことを恨んでいるかもしれないわね。それでも、私が貴女に何かしてしまう可能性を考えたら、この方が良いと思うのよ。
この体は、貴女を嫌っているんだもの。
「……はぁ。これくらいじゃ駄目なのね」
駄目ってどういうことかしら。
今の自分じゃ駄目とかそういう意味かな。もっと頑張らないといけないとか?
あの子、そんなに向上心が高かったの。幼い頃から英才教育を受けているから常に高みを目指すようになっているのかしら。
偉い子ね、シャル。私だったら投げ出しているわ。というか、投げ出した結果が今だものね。
「……叫ぶ? でもそれじゃあ兵士の方々が来てしまうかも……」
何言ってるのかしら。叫んでストレス発散したいとかそういうことなの?
気持ちは分からなくもないわよ。私だって前世ではよくカラオケ行ったもの。社会人になってからは疲れちゃってそれどころじゃなくなったけど。学生の頃は一人でカラオケ行ってアニソン縛りとかやったわ。翌日は声ガラガラになっちゃって友達にからかわれたものよ。
「城では私がいなくなって大騒ぎになってるはずだし、これも一種のピンチだと思うのですが……」
あれ。なんか変なこと言ってるわ。
ちょっと待って。もしかして、もしかしなくてもこれは私にとってのピンチなのでは?
「そうだわ。ここで倒れたフリをすれば仮面の方が助けに来てくださるかも!」
嬉々としながらシャルは綺麗なドレスが汚れることも気にせず地面に寝そべってしまった。
ああ、そういうことなのね。これは私を、というか仮面の男をおびき寄せるためにやったわけね。
確かに私はまんまと貴女の罠に引っかかったわけよね。
自分の命が狙われているというのに、そんな理由で一人で行動するなんて馬鹿じゃないの。
どうしよう。放っておいて魔術師に狙われても困るし、ここって森の奥の方だから兵士がすぐに駆け付けてくれるとは思わない。
でもキアノやロッシュも今は城にいるし、彼らならすぐに来てくれるんじゃないのかしら。でも誰かが近付いてくる気配はないわね。
何してるのよ王子様たちは。貴方達のお姫様が倒れているのよ。わざとだけど。
「…………っっっっ、ったく! ノヴァ!」
「がう」
私はノヴァの背に乗って、シャルの元に駆け出した。
貴女まで家出してどうするのよ。自分のこと棚に上げて何言ってるんだって話だけど、貴女はこの国の光なのよ。
「きゃあ!」
勢いよく倒れたシャルを拾い上げ、顔を見られないように肩に担ぐように抱きかかえた。
それでも私、じゃなくて仮面の男だってことには気付かれちゃうけど仕方ない。
「わ、あ、あの!? こ、これは!?」
「…………何してるんだ。皆に迷惑をかけて。お前は自分の置かれた立場を理解していないのか」
「……あの、ごめんなさい……」
背中越しにシャルが落ち込んでいるのを感じた。
ゴメンね、本当に。こんなことを言いたいんじゃないの。皆が心配してるから早く帰ろうって言いたかったんだよ。本当だよ。本当に何なのかしら、この口は。
「わ、私……貴方にお礼を言いたくて……リカリット国のパーティーや、先日の魔法による攻撃のときも……ありがとうございました」
「…………お前のためじゃない。お前が死ぬと面倒なだけだ」
「それでも、私は救われました。貴方がいてくれたから、私はこうして生きています」
ゲームじゃ聞けない台詞ね。シャルの、いえヒロインのハッピーエンドでベルは死ぬ。逆にベルにとってのハッピーエンド、物語におけるバッドエンドではシャルが死ぬ。
私の知っている君100のシナリオで、二人が生きている未来はないのよ。ベルが貴女を生かそうとするなんて、絶対に有り得ないもの。
「そ、それでですね……良かったら、お名前をお聞きしたいのですが」
「…………言わない」
「で、ではお部屋でお茶でもいかがですか? お礼に美味しいお菓子を……」
「…………必要ない」
「でも、私……もっと貴方と会いたいのです。次はどうすればお会いできますか?」
そんなにシャルの中で仮面の男の存在が大きくなっていたなんて思わなかったわ。
数回しか会ってない人のこと、そんな気になる?
この子の考えが分からないわ。あんなにゲームやり込んだのに。むしろプレイヤー的にはヒロイン目線でずっとゲームしていたからシャルのことをよく知ってるつもりでいたのに。
「……お前と会うつもりはない」
「私は会いたいのです!」
「お、お前の都合など知らない!」
「嫌ですー!!」
私は急いで城に戻り、人のいない場所にシャルを置いて逃げるように去っていった。
後ろからシャルの呼ぶ声が聞こえたけど振り向いちゃ駄目よ。
それにしても、なんでシャルからの好感度が高いのかしら。
救出イベントはポイント高いとかそういうことなのかしら。
はっ。そうか、むしろ会えない時間が愛を育む的なそういうやつね。思い出補正がかかってシャルの脳内で仮面の男の存在が美化されてるんだわ。ヤバい。だとしたらどんどん好感度上昇しちゃうじゃないのよ。
どうにかしてこのフラグをへし折らないと私に平穏はないわ。
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