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第76話
「いらっしゃいませ、お姉様」
「ごめんなさいね、帰ってきたばかりなのに」
「いいえ、大丈夫です」
翌日の夕暮れ時。私はレベッカの屋敷へと着ていた。
昨日の手紙でレベッカが帰る頃に尋ねると予め伝えておいたのだ。もちろんレベッカが城に来ていたときも様子は見ていたけど、声までは聞こえないから何を話したのかを直接聞くためだ。
今日はいつもの中庭ではなく、レベッカの私室にお茶を用意してもらった。さすがに日が暮れて肌寒いのに外で長々と話していられないもの。
「シャルの様子はどうだった?」
「お元気そうでしたよ。リカリットのパーティで挨拶をしただけでしたのに、私のことを覚えててくださって……」
「まぁキアノ王子の婚約者だしね」
「ふふ、それもそうですわね」
昨日のことで落ち込んでいるとかそういう雰囲気はなかったみたい。
レベッカの前だから明るく振る舞っていただけかもしれないけど、楽しく話が出来たみたいで良かったわ。
「それで……本題は?」
「えっと、キアノ王子が気を遣って二人だけにしてくれましたので、キアノ王子のことをシャル様にお聞きしながら、それとなく恋の話題に持っていけたと思います」
「なるほどなるほど」
「なんか、こういう話を改めてするのは恥ずかしいのですが……キアノ王子はお城でどのように過ごされているのかを聞いていたらシャル様から私たちの幼い頃の話などを聞かれて……」
「まぁ気にはなるわよね」
「え、ええ……それでちょこっと昔の話をしながら、シャル様は気になるお方とかいないんですかって話になったんですよ」
「おお、良い流れね」
なんだか学生時代を思い出すわ。私も女子会やりたい。誰が好きなのとかカッコいい先輩の話とかしたいわ。
この世界じゃそんなのないけど。
「それで……その……シャル様が、物凄く可愛いお顔で、小さく頷かれたんですね」
「そ、そう……」
うん、想像できるわ。そういう表情はゲーム内の一枚絵でよく見たもの。何だったら君100はコミカライズもされているのよ。人気漫画家達によるアンソロジーだって出ていたわ。どんな顔だって簡単に想像できちゃう。
でも見たかった。
「どんなお方ですかって聞いたら、数回しかお会いしてないけど何度も危険な状況から救ってくださった人だと……」
「う、うん……」
「言葉は冷たいけど、抱きかかえてくれたときの手は優しかった、とか……リカリット国のときも姿はちゃんと見れなかったけど、間違いなく仮面のお方が助けてくださったとか……」
そうね。そのお礼はこの前聞いたし。
「自分のことを守ってくれるとき、ギュッと抱きしめられたときのことが忘れられないと……目をキラキラさせながら話されていました……」
「へ、へぇ……」
レベッカが頬を赤くしながら話してくれたシャルの仮面の男への印象がもう完全に恋する乙女のそれじゃない。ちょっと気になるとかってレベルをもう超えているわ。これ、へし折れるのかしら。
「そ、それでレベッカは何て言ったの?」
「わ、私は正体を隠してて得体がしれない方なんて怖くないのですかって聞いてみたんですけど、あんなにお優しい方を怖がる理由なんてないと……」
「……おう」
「で、でもですね、私も頑張ってみたんですよ。もしかしたら悪い人かもしれないって。そうやってシャル様に取り入って何か企んでいるかもしれないって!」
「そ、それで?」
「…………そんなはずない、と……私も一度会えば仮面の方の優しさに気付くはずですと……」
「ぬおおおおお……」
私、確かにあの子のピンチは救ってるけど優しく接したことはないのに。きつめの言葉遣いになっちゃってるのに何でなの?
「ロッシュ王子のことも聞いてみたんです。カッコよくて素敵な王子様ですよねって」
「シャルは、なんて?」
「そうですねって……いつも通りの笑顔でお答えしてました……仮面の人のことを話されるときの温度差が凄すぎて、ロッシュ王子が気の毒に感じるほどでしたわ……」
「ううう……」
ロッシュ、シャルのために兵士としてハドレーに来たのに、報われないのは悲しすぎるわ。
こうなったらさっさと魔術師捕まえて、もう二度とあの子の前に現れなきゃいいのよ。そうよ、そうすれば平和的に解決できるんじゃないかしら。シャルだってそうなれば私の、じゃなくて仮面の男のことなんか忘れちゃうでしょ。
そうなったら、あとはロッシュが頑張ればいいのよ。
「よし。さっさと魔術師を捕まえるわよ!」
「お、お姉様……いつも以上にヤル気ですわね」
「ええ。全てを平和的に解決するためにも現況を叩き潰すのよ!」
無理にフラグを折ろうとか考えることなかったわ。
やることはただ一つ。バッドエンドの回避、これだけなのよ。
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