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第78話
ツヴェルについて行き、こっそりと城内へと入った。
ノヴァには外で待つように言ってある。さすがにあの大きな図体を隠してはおけないからね。
「どうぞ」
「ありがとう、ツヴェル王子。恩に着るわ」
ほんの数十分でツヴェルがメイド服を持ってきてくれた。リカリット国から連れてきたメイドが転んで服を破いてしまったから、ここのメイド服を貸してほしいと言って借りたらしい。
今はリカリット国、ヴィンエッジ国の兵やメイドが来ているから見覚えのない人がいてもおかしくない。だから私がいても問題ないのよ。
「それじゃあ、僕は持ち場に戻りますね。用事が済んだら制服はこの部屋に置いていってください」
「ええ、わかったわ。無理はしないようにね」
「貴女に言われたくないですよ。ベルの方こそ、無茶をしないでくださいね」
「はーい」
ふぅ、と小さくため息を吐いてツヴェルは部屋を出ていった。
さてと。私もササッと着替えましょう。ウィッグやメイク道具がないからガッツリ変装は出来ないけど、ちょっと前髪をイジって顔が隠れるようにすればいいかしら。
初めてのメイド服。黒のロングスカートのワンピースに白いエプロン。クラシカルなメイド服。最高に可愛いわ。
こんなことならウィッグを持ってくるべきだった。黒髪ロングのウィッグが欲しい。絶対に似合うのに。
また今度貸してくれないかしら。いや、むしろ自分で作ればいいのか。
「さて。センテッド王子はもうシャルに会ってるかしら」
周囲を気にしながら部屋を出た。魔法で気配を消して、誰にも見つからないようにシャルの部屋へと向かった。
たまに人とすれ違うけど、誰も私のことを見ない。視線に全く入らないから気付かれることはない。魔法はきちんと発動されているわね。
シャルの部屋は確かこの辺り。
聞き耳を立てていたらさすがに怪しまれる。どこか隠れられる場所はあるかしら。
そういえば、この隣の部屋はもともと私が使っていた部屋ね。外から見た感じだと誰も使っていないみたいだし、こっそり入っちゃいましょう。
私の部屋だし、問題ないわよね。
音を立てないようにドアを開けて、懐かしい自室へと忍び込んだ。
「……あらまぁ」
私の部屋は五歳のときに家出したあの頃のまま、何も変わっていなかった。ホコリも被っていないから、掃除もしてくれているのね。もう十年以上も立ってるんだから、放っておくか捨てるかしてもいいのに。
私がいつか帰ってくると、そう思っているのかしら。
「……ごめんなさい」
幼かった私は、この世界での両親を実の親のようには思えなかった。初めから家出するつもりでいたし、ゲームの中の世界って印象が強すぎたせいでもある。
だから、こうして自分の部屋に戻ってきても懐かしいと思うくらいで他の感想はない。
だって、私の家はもうあの山。私にとっての親も、前世での両親しか思いつかない。
この世界の両親とはそんなに顔を合わせた記憶もなかったし、仕方ないわね。
「おっと。そんなことより、盗聴盗聴」
辛気臭いことを考えても仕方ない。
私は物音に気をつけながら、壁に耳を当てた。
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