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第83話
翌朝。
いつものように身支度を済ませて、私は鏡の前に立った。
夢は多分見てない。覚えていないとかではなく、見ていない。多分だけど。だけど、何となく自分に違和感がある。
昨日のモヤモヤのせいだろうか。胸の中に渦巻いている謎の感情が少しだけ膨れ上がってる気がする。だけどそれが何なのか名前が付けられない。
嫌な感じだ。言葉に出来ない何かが体中に纏わりついていて気持ち悪い。
「……何だろうね、この嫌な感じ。会社に行く朝……朝起きた瞬間に帰りたいみたいな気分になるとき……」
「がう?」
「そうよね、分かんないわよね。とにかく嫌な気分なのよ」
行きたくない。こんな気持ちになるのは初めてかもしれない。
どんなときでも自信に溢れているのがヴァネッサベルだったのに。いま、私の中で何が変わっているというの。
「……悩んでいても仕方ないわね。こういうときでも嫌々出勤していたのが私よ。さぁ、行くわよノヴァ」
「がう!」
そうよ。前世の私と違って、今の私は一人じゃない。孤独を感じながら電車に揺られていた私じゃないの。
気合いを入れなさい、ベル。
―――
――
昨日、ツヴェルが案内してくれた道を通って城の中に入り、メイド服に着替えた部屋へと入った。
今回もこのメイド服を着てくれと頼まれた。もし誰かに見つかっても言い訳がしやすいようにということらしい。ちなみにノヴァには今日も外で待機させている。
「……よし」
今日はあらかじめウィッグとメイクもしてある。
準備を終えたら隣の部屋に入ってきてくれと言われているので、私はメイドっぽく振る舞いながら部屋を出た。わざわざ魔法で気配を消す必要はない。だって移動範囲は隣だし、私だって気付かれないと部屋に入れてもらえないかもしれない。
ここは来客用に用意されている部屋が並んでいる。基本的に人通りは少ない。
だからそんなに気を張る必要はないんだけどね。私って家出した身だから城の中って無駄に緊張しちゃうのよね。
隣の部屋のドアをノックすると、中からツヴェルの声が聞こえた。
「失礼しまーす」
中に入ると、中央に置かれたテーブルを挟むようにしてソファにツヴェルとナイトが座っていた。
なんか良い匂いがすると思ったらテーブルの上にコーヒーが置かれているじゃないの。なにこれ最高か。
「おはようございます、ベル」
「おはよう、ツヴェル王子」
「へぇ。変なお姉さん、リカリットのヴィンエッジの王子と知り合いなんだ」
「まぁね」
「俺にもコーヒーちょうだい。苦いの嫌いだから甘くしてね」
「ええ、分かりました……って、え?」
「は!?」
私は驚いて隣を見た。昨日と同じように気付いたらグランがそこにいた。
この子、いつの間に一緒にいたの。ツヴェルも驚いてカップ倒しちゃったじゃない。
「グ、グラン王子……い、いつから……」
「ついさっき。お姉さんの姿が見えたから付いてきちゃった」
「全然気付かなかった……」
「そう? 俺、体をミスト化して移動できるんだよね。気を付けないと風に流されちゃうんだけど、上手く使えば壁抜けぐらい簡単に出来るよ」
そういうことか。だから気配を感じ取りにくいし、ドアを開ける必要もないから物音もしない。なんて便利な魔法なのかしら。ゲーム内だとそういう描写はないから分からなかった。
「え、えっと……グラン君。か、彼女はその……」
「別に俺のことは気にしなくていいよ。この人がただのメイドじゃないのは知ってるし」
「……ど、どうします?」
「話しちゃえば? グランの力は頭一つ抜けている。戦力にした方が良いんじゃないのか」
「えーなになに、何の話?」
確かにナイトの言う通りなんだけど、いいのかしら。
彼のことが信用できないとかじゃないんだけど、子供を巻き込むのって何か気が引ける。まぁ私からすればベル自身も子供なんだけどさ。
いや、四の五の言ってる場合じゃないか。
「そうね。グラン王子、お願いがあるんだけどいいでしょうか?」
「とりあえず、話を聞いてから判断するよ」
「ええ、それでいいわ」
私の正体は伏せて、シャルが何者かに狙われていることを話した。
そしてここからが本題。二週間後に行われる建国記念日に魔術師がシャルを狙ってくる可能性が高いこと。国民を巻き込んだ攻撃をされないように阻止したいということ。
魔術師が国内に入り込むというなら、外に出られないように結界を張れば閉じ込められる。
「上手くいけば……ここでチェックメイトよ」
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