第87話

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第87話

 パレードが始まり、城の前から大きな馬車が国王と王妃、シャルを乗せて進み始めた。後ろから楽団を乗せた馬車も付いていき、美しい音楽を奏でている。  テーマパークのパレードのように道の端に国民が集まり、中央を開けている。最初のルートはこの道を真っ直ぐ進んで、大通りに出る。そこで一度止めて皆へ挨拶。そこからグルっと国内を一周して、城に戻ってくるという流れだ。  狙われる可能性が高いのは大通りだろう。シャルたちが一度馬車から降りるし、国民も大量に集まる。何か問題が起きれば皆が騒いで収拾がつかなくなる。そうなったら警備どころじゃなくなるだろう。  そうならないように事前に食い止めたいところだけど、そうはいかないんだろうな。 「……ノヴァ、どう?」 「何も……人多すぎて、気持ち悪い」  人混みに酔っちゃったのかしら。人よりも匂いや気配に敏感だから、余計にそうなっちゃうのかもしれないわね。 「……人が多すぎて前に進みにくいわね」 「上からじゃ、駄目?」 「屋根の上? まぁそれでもいいけど……てゆうかそっちの方が見渡せるから良いんだけど、今回は無理なのよ。祭りのせいで色んな家の屋根に飾りがついてるから」  飾りだけじゃなくて風船なんかも浮いてるから、みんなの目線が空にも向けられてる。だから屋根の上を移動していたら目立つわ。  どうにか人の間をすり抜けて馬車を追わないと。ノヴァがデカくてズカズカ周りを気にせず進んでくれるから助かるけど、これがプライベートとかだったらドン引きしていたわね。 ――― ――  馬車が城を出てからそろそろ数十分が経つ。もうそろそろ大通りね。今のところ、特に変な動きをしてる人は見当たらない。ノヴァも嫌な気配はないって言ってる。  魔術師は気配を消すのが上手いのかしら。それとも私に似た力を持っているとか。何の気配もしないからって気は抜けない。ここにいる全員の顔を覚えるくらい注意してみていかないと。 「……広間に着いた」  馬車が大広間にある巨大な時計塔の前で停止した。  まず最初に国王が馬車から降りて、その後に王妃。最後にシャル。彼女が笑顔で手を振ると、周囲を囲む国民たちからの歓声が沸き起こった。さすがメインヒロイン。今日も最高に可愛いわね、仕上がっているわ。  でも今は貴女をじっくり見てる暇はないの。国王の演説も聞いてなんかいられない。関係ないけど私は朝礼とかでよくある校長先生の無駄に長い話とか嫌いな子だったのよ。あれが好きな子もいないだろうけどね。 「…………っ」  ふと、何か違和感を感じた。  何かが私の中で動きを止めているような感覚。なにこれ。どうして、動けないの。 「…………ノヴァ、なにか、いる?」 「何も……ベル、顔色が、変」 「え?」  ノヴァが心配そうな顔をしてる。そんなに変な顔してるのかしら。  そういえば、体中から冷や汗が噴き出してる。呼吸も苦しい。  何でなの。全身が、動くことを拒絶してる。 「…………ぁ」  あれ。誰も気付いていないの。  あそこに、誰かいるじゃない。  人混みの中から、フラフラと誰かが現れて、ゆっくりと前へ進んでる。  何だろう。そこにいるのに、目を離したら見失いそうになる。気配がないから? 存在感が物凄く薄いから?  わからない。でも、あれは良くない。  止めたいのに、体が動かない。 「っ、私を止めないで……ベル!」  体中に巻き付いた糸を引きちぎるような思いで、私は走り出した。  周囲の人を押し退け、真っ直ぐシャルに向かって行った。皆の視線が私に向けられる。馬車の中にいたグランが私を見て驚いた後、近付いてくるもう一人の存在にも気付いた。 「危ない!」  グランが動く。  でも、もう間に合わない。  シャルに向かって振り下ろさえたナイフは、彼女を突き飛ばした私の背中に突き刺さる。  ゴメン。私、やっぱり約束守れなかったわ。でも仕方ないわよね。あの瞬間動けたのは私だけだったんだもの。  そのまま倒れた私を駆け付けたノヴァが抱きかかえてくれたけど、さすがに逃げられそうにないわね。  響く悲鳴。ざわつく声。  ノヴァの声が聞こえるけど、何言ってるのか全然分からない。痛みで意識が遠のいていく。 「…………なん、で」  声がした方を向くと、警備兵に取り押さえられた魔術師が唸り声のように呟いていた。  真っ黒のローブ。深く被ったフードの隙間から見えるのは、まだ幼い少年の顔だった。子供って予想は当たっていたのね。  でも、なんでこんな子がシャルを狙ったの。 「……どうして、どうして貴女がその女を守るんですか! その女のせいで貴女は死んだのに!」  少年の叫び声に、皆が静まった。  どういうことなの。シャルのせいで、私が死んだ?  それって、まるで君100のハッピーエンドのことみたいじゃない。  君は誰なの。  そう言いたいけど、もう喋れそうにない。  意識が途切れる直前、私の口から言葉が溢れた。 「……ルシエルを、殺さないで」
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