第88話

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第88話

 ――お願い。私はもう立ち上がれない。だけど、あの子だけは助けてあげてほしい。  ――あの子に、私のためだけに生きないでと伝えてほしい。  暗闇の中で声が聞こえて、私は目を覚ました。  ここ、どこかしら。ゆっくりと顔を動かすと、つい最近見た景色が広がっていた。 「……私の、部屋」  ハドレー城の私の部屋だ。うわ言のようにそう呟くと、周りにいたみんなが反応した。 「お姉様! ご無事ですか!?」 「ベル。良かった、目を覚まして……」  心配そうに声を掛けてくれたレベッカとツヴェル。その後ろにナイトとグランも顔を覗かせていた。 「ベル。また、無茶した」 「ゴメン、ノヴァ」  ベッドの上に腰を下ろしていたノヴァが呆れた顔で言った。  しょうがないじゃない。あの状況で魔術師の存在に気付けたのは私だけだったんだもん。  そうだ。あの子。魔術師、いいえ、あの少年はどうなったの。 「あの子は?」 「魔術師……のことですか? 彼なら医務室です。本来なら独房に入れるのですが、物凄く衰弱していて、今は意識を失っています」 「……そう」 「ベル。アイツの名前、呼んでた。なんで」 「名前?」 「ルシエル、言ってた」  ルシエル。確かにそんなことを言ったような気もするけど、私には全く記憶にない名前だ。それにあの子の顔も、何となく知っているような知らないような。どうにも記憶があいまいなのよね。  それに、さっきの夢。聞き覚えのある声だったような気がする。  私のために生きないで。それをあの子に伝えろってことなのかしら。あの子、ルシエルに。 「そうだ。シャルは?」 「シャル姫は国王と共に国民に現状の説明していますよ。貴女のことは、まだヴァネッサベルだとは気付かれていません。すぐにこの部屋に運んだので」 「じゃあ、怪我の治療はノヴァが?」  ノヴァを見ると、黙ったまま頷いた。  でも、時間の問題かしらね。このまま私を帰す訳にもいかないだろうし、私もあの少年に話が聞きたい。  魔術師の正体があの子だって言うなら、とりあえずシャルの命が狙われる心配もない。私はもう仮面の男に変装する理由もなくなるんだ。私がベルだってバレるのは面倒だけど良いか。 「その少年に話は聞ける?」 「どうでしょう。目を覚ませば、あるいは……」 「そう。じゃあ、顔を見るだけでもいいから案内してもらえないかしら」 「……わかりました」  ツヴェルは少し悩んだ後に、頷いてくれた。  ちゃんと顔を見れば思い出すかもしれない。あの子が言った言葉もそうだけど、夢で聞いた声のことも気になる。  シャルのせいで私が死んだ。  あの子はゲームでのヴァネッサベルのこと、君100のハッピーエンドのことを知っているのかしら。  それとも、私と同じ転生者?  それとも、未来を予知する力を持っているとか?  じゃなかったら、この世界でベルが死んだなんて言葉が出てくるはずがない。  一体、何者なの?
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