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第90話
「それじゃあ、始めるぞ」
ナイトが用意してきたのは魔力の込められた水晶だった。
この水晶に夢見の魔法が宿っているそうだ。夢を渡ることで人の記憶を覗き見ることが出来るのだとナイトは説明してくれた。
「僕は術者として共に行動しなければいけない。一緒に記憶を見ることになるが、構わないか?」
「私は平気よ」
「……ベル様が、良いのであれば……僕もいいです」
「お前達はどうする?」
ナイトは部屋にいる他の皆にも聞いた。
ツヴェルにレベッカ、グランは顔を見合わせて首を振った。
「私は、やめておきますわ」
「僕は後ほどベルからお話を聞きますよ」
「俺は別に興味ないし」
グランは面倒くさそうにソファの背もたれに体を預けて欠伸をした。何と言うか、彼らしい。
レベッカは人の記憶を見ることに抵抗があるのか少し困ったような顔で笑ってる。
その隣でいつも通りの笑みを浮かべるツヴェルは、単純に私と話す時間が欲しいだけなのだろう。あとで説明するの、ちょっと面倒だわ。
彼らの反応にナイトは「そうか」とだけ呟いて、ベッドの両脇に椅子を置いた。
ルシエルを挟むように私達はその椅子に座り、彼の手を握る。枕元に水晶を置き、準備は完了。
「それじゃあ、目を閉じて。体の力を抜いて」
「……ええ」
「行くぞ。魔法具、展開」
ナイトの言葉に応えるように、水晶が光を放った。
夢を見るために強制的に眠りに落とされる。一気に襲い来る睡魔に身を預け、意識が薄れていく。
完全に意識が無くなる瞬間、繋いだルシエルの手に少しだけ力が込められたので、私も応えるように握り返した。
真っ黒な闇の中に全身が沈んでいくような感覚。
もう夢の中なのだろうか。ルシエルとナイトはどこなの。一緒じゃないの?
ほんの少し不安になりながらも、そのまま闇に身を委ねる。
「本当にいいのね」
「え?」
暗闇の中から声だけが聞こえる。この声、よく知ってる。前世で何度も聞いてきたのだから、間違いない。
「ヴァネッサベル……」
「知らなくてもいいことを知って、後悔はしないのね」
「ええ。私は貴女のことを何も知らない。どうしてシャルを憎むのか、何であんな真似をしたのかも……」
「……きっと理解されないわ。だから私は、心を壊した」
悲しみに満ちた声が頭に響く。
私が知るのはプレイヤー視点の、シャルのお話だけ。悪役として登場するベルのことは何も描かれていない。何一つ彼女の心境は語られない。
前世の私なら、知ろうともしなかったかもしれない。
でも私はこの世界に、ヴァネッサベルとして生まれた。私が私のことを知ろうとするのは、当たり前のことでしょう。
少なくとも、私自身はそう思っている。
それに、ベルのために命を削った少年の思いを知らないまま彼を裁くなんてことも、したくない。
「……私はね、ハッピーエンドが好きなの。誰かを犠牲にした幸せより、みんなが笑っていられる世界がいい」
「綺麗事ね……貴女みたいな人がなんで私の体に生まれてきたのかしら」
呆れたような声がする。
そうだね。確かにこれは綺麗事だ。人の幸せが何の代価も、何の犠牲もなく手に入るなんてことは有り得ないかもしれない。
それでも私は、自分のこともシャルのことも幸せにしたい。
そのために、教えて。
ヴァネッサベル、貴女の心を。
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