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第91話
目の前が明るくなり、景色が変わった。
ここは、どこだろう。体が動かない。いま私は夢を見ているはずだけど、ルシエルとナイトはどこにいるの。
状況が分からなくて困惑していると、体が勝手に動き出した。
よく見るとベッドの上で寝ていたみたい。体を起こして、まだ眠たい目を擦った。
本当にどうなっているの。視界に映る手は、明らかに私のものではない。幼い子供のものだった。
もしかして、この体は小さい頃のベルなの?
私は今、昔のベルの記憶を追体験しているってこと?
「おはようございます、お嬢様」
ドアがノックされ、メイドが数人入ってきた。私、じゃなくてベルは挨拶を返して着替えを手伝ってもらった。綺麗なドレスを着せてもらい、ベルは姿見の前に立つ。
やっぱり幼い頃のベルだ。腰まで真っ直ぐ伸びた緋色の髪。きつい印象のあるつり目も可愛らしく見える。この頃から顔が完成しているわね。
ふと、ベルの心の奥からドロッとした感情が湧き上がるのを感じた。
(こんな顔、だいきらい)
ベルにとってこの顔はコンプレックスのようだ。
私から見れば十分可愛いけど、シャルと比べてしまうのでしょうね。双子だけど似ていない容姿。ふわりとした柔らかい印象の妹と、きりっとした冷たい印象の姉。
普通の一般家庭ならまだしも、二人は一国の姫。常に人に見られる立場にあるのだから、仕方ないのかな。
「お嬢様。国王様がお待ちですよ」
「……ええ、わかったわ」
「お誕生日、おめでとうございます。ヴァネッサベル様」
誕生日。そうか、今日は二人が五歳の誕生日なのね。ということは、魔法特性が目覚める日だわ。
ベルは一つ溜息を吐いて、メイドと共に部屋を出た。心の中はずっとモヤモヤした気持ちでいっぱい。親にも妹にも会いたくないという感情で溢れてる。
それにしても、この頃のベルはまだ大人しい。私の知ってるベルは小さい頃から癇癪持ちで手が付けられない子だったはずなのに。
憂鬱な気持ちを抱えたまま、ベルは王の執務室にやってきた。ドアをノックして中に入ると、両親とシャルがこちらを向いた。
姉を見るなり、笑顔で傍に駆け寄る可愛いシャル。その様子を微笑ましい表情で見ている両親。私の目にも仲睦まじい家族に見えるけど、ベルだけが違った。
シャルに対する黒い感情と、妹を愛おしいと思う姉としての感情。二つが混じって複雑に絡まってる。
「ベル、シャル。二人とも、誕生日おめでとう。二人とも元気に育ってくれて嬉しく思う」
「ありがとうございます、お父様!」
「ありがとうございます、お父様……」
子供らしく喜ぶシャルに対して、落ち着いて対応するベル。傍から見ればしっかり者の姉に映っているのかもしれない。でも本当は、この場から早く去りたい気持ちを必死で抑えてる。
ベルの中にいるからよく分かる。まだ五歳なのに、物凄い自制心だ。
「五歳となったお前たちは、体に宿った魔法特性を覚醒させることが出来る。さぁ、この目覚めの石を手に持つんだ」
父から手渡された小さな石。白くて綺麗な丸い宝石。私は勝手にこの石を持ち出して一人で力を覚醒させて家出したのよね。懐かしいわ。
ベルとシャルは顔を見合わせて、石に魔力を込めた。仕組みはよく分からないけど、この石が魔力に反応して、自身の中に秘めた魔力特性を起こしてくれる。
言わずもがな、ベルの魔法特性は誘導。目覚めた瞬間、不思議と自分の中の力を自覚出来るようになっている。何となく頭にこういう物なんだって情報が付与されるのよね。
「……私の力は、自分の姿……気配を薄くして人の目に映りにくくするもの、みたいです」
「そうか。シャルロット、お前の方はどうだ?」
「私は、癒しの力みたいです。他者の傷を治してあげられます!」
「おお、そうか! それはとても珍しい能力だ。凄いぞ、シャル」
確かに癒しの力はレアスキルだけど、ベルの前でその態度は良くないんじゃないの。
褒められるシャルに、黙ったまま拳を握り締めるベル。
心の中も黒い感情がドンドン重くなっていってる。父に悪気がないのは分かってる。比べているわけでもない。ただシャルの力に喜んでいるだけ。それでも、対応の差に悲しくならない訳じゃない。
(なんで私はこの国に生まれたんだろう。何で私はこの子と一緒に生まれてきちゃったんだろう。シャルロットがいるせいで私はいつも惨めになる)
また声が聞こえてきた。ベルの心の声。
本当はそんなこと思いたくないのに、妹と自分を比べたくなんかないのに、周りの視線がそうさせてしまう。
「お姉様! これで私たちも魔法が使えますね!」
「……そうね」
「お姉様が怪我したら、シャルにすぐ言ってくださいね」
「……うん。ありがとう、シャルロット」
(可愛い妹。大好きなシャルロット。いつも笑顔で、私のことを慕ってくれる優しい子。この子に嫌な感情を持ちたくない。素直に可愛がってあげたい。それなのに、時折笑顔で近寄ってくるこの子を突き飛ばしてしまいたくなる)
ベルの心の声は鉛みたいに、体を少しずつ重くしていく。
悲しい。ベルの心の中は、ずっと悲しい。
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