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第97話
魔法特性が目覚めた後、ベルはこっそり城を抜け出してルシエルを捜しに行っていた。
時間を遡ったのであればルシエルはまだ家族の元にいるはず。彼は幼い頃からずっと虐待され続け、一年後に道の隅に捨てられてしまう。
そうなる前に彼を助けられないだろうか。ベルは必死で彼を最初に見つけた場所の周囲を歩き回った。
「ルシエル!」
「……っ、ベル様!」
日が暮れて空が暗くなり始めた頃、ボロボロの布切れを頭に被ったルシエルが路地裏から歩いてくるのを見つけた。
良かった。会えたことの喜びと、彼も自分のことを覚えていたことにベルは心から安堵した。
「良かった……良かったわ。貴方、ちゃんと覚えているのね?」
「はい……ごめんなさい、ベル様。僕のせいなんです」
「え? いえ、その話はあとにしましょう。まずは城に戻るのが先よ」
ルシエルが裸足なことに気付き、ベルは彼の腕を引っ張って城に戻った。
突然連れてきた子供にメイド達は驚いたが、ベルが強い口調で彼の傷の手当てを服を用意してと頼むと、それ以上は何も聞かなかった。
お風呂にも入り、着替えを済ませたルシエルを部屋に招き、ベルは彼の話を聞いた。
過去に戻った原因が自分の魔法特性であること。それはベルの死をキッカケに目覚めたこと。
「どうやら僕の力は特殊なものみたいで、ある条件を満たすことでオートで発動してしまうみたいなんです」
「条件って?」
「最初に発動したときと同じ状況……つまり、またベル様が十八歳で死んだとき、過去に戻されてしまうんです……」
「そう……じゃあ十八で死ななければ、その力は発動しないということね?」
「そのはずです」
オートで発動する魔法なんてものがあるのね。
ベルもルシエルの魔法がそんな凄いものだったことに驚いている。
「で、でも……時間を戻すなんて大きな魔法、貴方には何の影響もないの?」
「……今のところ、僕の体に変化はないです」
「そう……」
ベルはホッとしたように息を吐いた。
もし記憶があるのが自分一人だったらどうしようかと思った。未来の出来事を知った自分が、これからどう生きていけばいいのか不安で仕方なかったから。
「ベル様。これはチャンスです」
「え?」
「過去に戻ったのだから、またやり直せるんです! ベル様が死なないように、もう一度やり直しましょう!」
「……なり直す……そうか、未来を知っているんだから、それを回避することが出来れば……私は死ななくていいのね」
ベルはルシエルの手を取って、目を輝かせた。
今度はあんなことにならないように、今から気を付ければいい。
シャルが十八歳の誕生日パーティにあんなことを言い出さないようにする。
どう頑張っても自分が王位を継ぐことはない。だったらシャルが姉に王位を譲ろうなんて気持ちにさせなければいい。
この国は、父は、魔法特性の希少さだけで判断する。外見だけで贔屓する。そんな国だ。
そうだ。もうこの国のために頑張る必要なんかない。
「……ねぇ、ルシエル。私が何をしても付いてきてくれる?」
「勿論です。僕は、貴女のためだけに生きているんですから」
「そう。じゃあ、私は私がしたいように生きるわ」
悪い子になればいい。
この時のベルは、ただ嫌われればいいとだけ思った。シャルに嫌われれば、もう姉の方が王に相応しいなんて思われなくていいだろう。
それからベルは大人しいだけの子を止めた。どうせ愛されないなら、必要とされないのなら、そんな人たちのために自分を押し殺すことなんかない。
我儘を言って周りを困らせた。シャルともほとんど顔を合せなかった。
これで未来は変わる。
そう思っていた。
十八の誕生日、王位を継いだのはシャルロットだった。前回のように姉に王位を譲るなんてことも言わなかった。
未来を変えることが出来たと安心していた。
だけど、ベルは死んだ。
いや、殺された。
シャルロットを支持する過激派の連中が、彼女を困らせるだけの存在となった姉を邪魔だとみなして殺したのだ。
そうして、もう一度五歳の誕生日に戻されたベルはもう一度自分が死なないために動いた。
我儘にしているだけでは駄目だった。
じゃあ、今度はみんなに良い顔をしようと頑張った。シャルの良き理解者だと周囲に思わせることが出来れば反感を買わずに済むと思った。
だけど、どうするとまたシャルは自分に王位を譲ろうとする。優しく説得しても彼女の意思は変わらず、それならと王位を継ぐことを受け入れれば再び過激派に暗殺されてしまう。
そんなことを、何度も繰り返した。
何度も死を繰り返して、理不尽に殺されて、ベルは気付いた。
この世界は、シャルロットのための世界なんだと。彼女を愛するためだけの世界。
その世界で自分は異端。邪魔者。だから、殺されてしまうのだと。
もう何をしても無駄なのだと、全てを諦めようと思った、何十回目のタイムリープ。
ベルは、ある変化に気付いた。
「……ルシエル、貴方……成長するのが遅くなってない?」
ルシエルを自分の世話役にして五年が経ったある日。
前々から気にはなっていたが、段々とルシエルの成長速度が遅くなっている。今頃はもう
ベルの身長を越していたのに、出逢った頃とあまり変わっていない。
それに、魔力も微かにしか感じられない。
「……ぼ、僕なら大丈夫ですよ……」
「そんな訳ないでしょう!? ごめんなさい、私のせいで……私が、上手くできないせいで……」
弱っていく相棒の姿に、ベルは絶望した。
自分がこの世界に必要とされないせいで、彼を巻き込んでしまった。自分だけならともかく、これ以上彼を苦しめたくない。
でも、何をしても自分が死ぬ未来を変えられない。
どうすればいい。何をすれば、救われるの。彼を助けられるの。
このシャルだけが愛される世界で。
「…………そうか。あの子がいるから」
ふと、頭の中に一つの答えが生まれた。
自分が死ぬのは、シャルロットという存在がいるせい。あの子がいなくなれば、世界は変わる。
このふざけた世界を壊してしまえばいい。
「私が、この国を変えればいいのよ。シャルを殺して、この国をぶっ壊してあげるわ」
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