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その道を通ったときにその店を見つけた。
「あれ。前は何があった場所だったかな」
そこには確かに人家か店舗か、とにかく何かがあったと思う。
けれど今見ると、すっかり更地になって、土地を囲むように木の杭が打たれている。
そしてその更地の中に小さな屋台のような店が出来ている。
その店は、一見して作りが古い。どこからか、この空き地を見つけてやってきて、店を開いているという感じだ。
何の店かと見ると、「お団子」とのれんに書いてある。祭りでもあるまいし、一見ぽつんと団子屋の屋台とは珍しい。
私はその屋台を覗いてみる気になった。
「いらっしゃい」
店主がちらりと目を上げて落ちついた品のある声で言った。店主は団子を焼いていた。
「みたらし団子かな?」
私がそう言うと、「ヘイ」と店主は手元を見たまま返事をした。
「屋台の団子屋さんとは珍しいねえ」
「ええ。少しの間、空き地だというので出させてもらいました。長くはいません」
「そぉ。売り物は、みたらし団子ひとつかい?」
「はい。そのとおりで」
「じゃあ、4本もらおうかな」
「へい」
団子を焼いていたおやじは、焼き台からほどよく焼き色の付いた4本を取り上げて、右の脇に置いてあるタレの入った壺に団子をドボンと浸けて取り出すと、四角いスチロールの皿に受けて、それに上から紙をのせ、袋に入れて私に差し出した。
私は団子の袋を下げて家に帰った。
妻と娘は、私が団子を買って帰ったことを珍しがった。
団子の袋の中に、団子の由来を書いた紙が入っていた。
「屋台といえど、何か歴史があるのか」
そう思って紙を取り、読んでみた。
『妖怪「ヒトたらし」謹製 身たらし団子。
この団子は、言葉巧みに人に取り入り、世をうまく渡る者の魂を集めて餅に練り込み、つき上げて団子にしたもの。一口食べれば、己の口から出る言葉で、不思議なほどに周りの者をうまく操れること間違いなし』
そう書いてあった。
私は読み終わって、慌てて表に飛び出し、団子屋に走った。けれどもう、空き地には団子屋の影も形も無かった。
家に帰ると、妻と娘は、もう団子を一本ずつ食べてしまっていた。それで私も一本食べた。
それ以来、私の家には何の不和も無い。仕事でも何でもうまくいく。
ただ、いつかこのしっぺ返しがあるのではと、少し心配に思っている。
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