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金曜日、久々に電車に乗っていると、向こうに浜田ひまりが見えた。いつものように、つまらなさそうに携帯電話を見ている。
レオはしばらくその姿を見つめ、最初に彼女に声をかけた日と同じように、ためらいつつ近づいた。
「おはよう」
レオが目の前に移動しても、ひまりは目を上げなかったので、仕方なくレオは声をかけた。ひまりはちらりとレオを見る。そして驚きもせずにじっと見つめた。
「今日から復活?」
そこには何の感情もないように聞こえたが、レオは吊り革を握ってうなずいた。
「何とか」
ふうんとひまりは生返事をして、携帯電話の画面に目を戻す。
電車は適当に揺れながら、軽い音を立てて走り続ける。少し離れたところにいる男女が何かの話題で笑う。手前のドアの脇にいる親子が、外の景色について話している。
「クッキーのバイトは?」
ひまりが言って、レオは彼女に目を戻した。
「左手、半分動かねぇんだよな。クビじゃねぇかな」
ふうんとひまりは答える。残念そうでもなければ、心配している感じもない。
車内の物音は、二人の会話が周囲で消える程度にはあった。少し登校には遅い時間のせいか、車内はそう混んではおらず、立っている乗客もそれなりにいるが、肩を寄せ合うほどではない。シートにも余裕があり、ひまりの両脇にもスペースがあった。
「座る?」
ひまりが言って、レオは断った。
「よく見ると、酷い顔してるね」
ひまりがそう言ってレオを見つめ、レオはちょっと恥ずかしくなって顔をそむけた。
*
駅の改札を出ると、なだらかな坂道がある。レオが少し足を引きずって、ひまりから遅れぎみに歩くと、彼女が気づいて止まる。
「先、行ってもいいよ」
レオが言ったが、ひまりは黙って待っていた。
「足も怪我してるの? なんだかんだあっても、復活、早いよね」
レオが追いつくと、ひまりが興味なさそうに言った。
「そうかな」
「うん、なんか、大変そうだけど、意外とすぐ帰ってくる」
レオは苦笑いした。
「周りもうるせぇしな。こんなことでくじけるなって、応援がすげぇの」
「ふうん」
「浜田さんがクッキー、クッキーって言ってくれんのも、ある意味、いいプレッシャーってか、励ましってか」
「ふうん」
興味はなさそうなのに、ひまりはレオに合わせてゆっくり歩く。
レオは温かい風を受けながら、平和そうな住宅街の道を歩いた。ほんのわずかに、何かの花の香りがした。目の前をモンシロチョウがふわりと飛んでいく。
「私、誰かのせいにする人は嫌いだから」
唐突にひまりが言って、レオは驚いた。「え、何?」
「親がどうとか、周りがどうとか」
「ああ、クッキーのことで怒ってる?」
「違う」
レオは困惑した。歩くのにもけっこう意識を使っているのに、こんな禅問答をされても頭が追いつかない。
「じゃ、何?」
「そういう言い訳する人は嫌いってこと」
「俺が復活するのに、周りがうるさいからって言ってるから?」
「違う、バカ」
「え」レオは絶句した。
「あんたはそういうことしないから、いいって言ってんの」
ぷんとひまりは怒って、足早に歩き出す。
「ちょっ…」
レオは追いかけようとしたが、足が痛くて走れなかった。
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