1/6
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ

 大神ゴウは生活安全課の警察官をしていた。主に少年犯罪対策を担当し、非行防止や保護者の相談相手などをしていたが、数年前に警察を辞め、今はタコ焼きを焼きながら非行少年たちに更生を促している。  タコ焼きはいい。  一つからつまむこともできるし、一舟食えば食事の代わりにもなる。単価も安い。店の間口も狭くていいし、何より気張らなくて済む。中が熱いから、ふぅふぅしているうちに客である青少年たちと喋ることもある。  ゴウの店は税理士事務所の脇にあるガレージのバンだった。たまに移動販売もするが、ほとんどはガレージ内で商売している。ガレージの壁沿いに箱と板で作ったベンチを置いて、そこで食べられるようにしている。  ガレージは税理士事務所の倉庫とつながっていて、倉庫がゴウの家みたいなものだった。十二月を迎えた今は、シャッターを開いた開口部に透明のビニールカーテンをつけて、何とか寒風から中を守っている。  三枝税理士事務所はゴウの友人であり幼馴染でもある三枝政幸が代表をしている事務所で、ゴウも彼に税金やら何やらの細かいところをまとめて見てもらっている。その代わりにタコ焼きは食べ放題だ。三枝よりはスタッフがちょくちょくやってくる。  ゴウは夕方三時ぐらいから店を開ける。たいていは夜中近くまでやって、光に吸い寄せられる虫みたいな子どもたちと喋ってタコ焼きを焼く。ガレージでケンカが始まることがないわけではないが、ゴウも元警官だから制止の方法はわかっている。遊びにやってくる子どもたちも、刃物なしでゴウに勝てないことぐらいわかっているから、威勢よく怒鳴るだけだ。  繁華街から少し離れた中途半端な場所にある雑居ビルだから苦情も滅多に来ない。儲かるわけではないが、ゴウは行き場を失った若者たちが短い時間だけでもほっとできる空間を提供できればそれで良かった。  少年たちが集まるということは、少年たちについての情報も集まる。ゴウはそれを警察に売ったりはしないが、警察が必要となったときに子どもたちの不利益にならない程度には協力することもしばしばあった。 「で、心当たりはないのか?」  警察時代の元同僚、高柳は週に一度は立ち寄る常連で、今でもゴウと親しくしている警察官の一人だ。ゴウは後輩の面倒見も良かったので、それなりに人望もあったが、辞めた時点で縁が切れた仲間も多い。高柳とはウマが合い、長続きしている。 「知らないな」  ゴウは高柳にタコ焼きを出す。高柳は嬉しそうに受け取ってベンチに腰掛けた。  さっきまでいつものように子どもたちがいたが、高柳が来たので散ってしまった。まぁいい。まだ八時だし、高柳が帰ったら戻ってくるだろう。  ゴウは火を弱めてバンの外に出た。子どもたちがどこからか持ち込んだ椅子が三つほどあり、その一つのスツールに座る。一つは学校の椅子、もう一つは丸いスツール、もう一つは壊れかけのパイプ椅子だった。  高柳は今も生活安全課で少年犯罪を担当していて、最近新しく耳にするようになったドラッグについて調べているということだった。それが実在するのかどうかも怪しいため、非行少年たちのたまり場でもあるゴウの店に情報収集しに来たのだ。 「こんなのがあったらなぁって妄想ネタなんじゃないのか?」  ゴウはコーラを飲みながら高柳を見た。 「だといいんだがな」  高柳はハフハフ言いながら答えた。 「楽に死ねるクスリだって噂なんだよな。この前、南公園で高校生の遺体が見つかったろ。あれがそれを使ったんじゃないかって言われてて、警察も焦ってるわけさ」  ゴウはそのニュースを思い出した。最初は事件か事故かと言っていたが、最終的にはその若さでは珍しいが心臓発作での病死という扱いになったはずだった。 「へぇ。俺の周りではそういう話は聞かないな。自殺未遂みたいなのは多いけどな」 「そうか。聞くところによると、誰かが作って撒いてるみたいなんだよな。ただ、不特定多数に撒くんじゃなく、そいつが決めた相手じゃないとクスリをくれないんだってさ。こういう理由で死にたいですって面接でもするのかね」  高柳は少し呆れるように言った。 「ああ、それで来たのか」  ゴウは高柳を見た。高柳は横目でゴウを見る。 「明日、出てくるんだろ?」 「ああ」  ゴウは複雑な気分で答えた。 「迎えに行くならちょっと聞いてみてくれ。こういう世界のことには詳しいだろ?」  高柳が本来の頼みを口にした。顔を見た時から、何となくそんな気はしていた。ゴウは諦めの気持ち半分で苦笑いした。 「さぁな、一年近く隔絶されてたんだから、知らないかもしれない」 「そうだな。それならそれでもいい。でも、もしかしたら知ってるかもしれないから聞くだけ聞いてくれ」 「わかったよ。食ったら帰ってくれ。警官がいたんじゃ、ガキどもが近寄れないだろ」  ゴウが言うと、高柳は文句をいいつつタコ焼きを急いで食べた。 「じゃぁ、レオによろしくな。噛みつかれるなよ」  高柳がからかうように言って、ゴウは肩をすくめた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!