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女の気持ちは全然わからない。レオはひまりから少し遅れてクラスルームに入り、彼女に話しかける雰囲気ではなかったので目を反らしながら、たまにちらりと見た。幸い、元気が賑やかにレオの方に来て、他の男子たちも集まり、レオが巻き込まれた火事のことを聞きたがったので、彼女を気にするチャンスはなくなった。
サリーのところでの火事は、レオが偶然巻き込まれたという話になっていた。警察とマトリが組んで失態をやらかしたというよりも、ずっとマシな話だったからだ。当然ながら、センター街、南公園辺りでは、レオがマトリと組んでいて、サリーが『死の天使』だったんじゃないかという噂は流れたが、そんな話も別の新しいニュースに埋もれていった。
昼休み、元気は講堂でバスケをやろうと言い、レオは怪我もあるから無理だと言って端で見ていた。が、動けないのに、楽しそうな姿を見ているのは少し辛くて、レオは教室に戻ろうと講堂を出た。
階段を降りていくと、教室前の廊下で窓の外を見ているひまりを見つけた。彼女はよくそうしていた。そこからは学校の校舎前にある広い道が見えて、街路樹を見下ろせるいい場所だった。
ひまりは明らかにレオに気づいていたが、レオを無視していたので、レオは息を吸い込んで彼女に近づいた。
「あのさ、朝のこと、何か気分を悪くさせたみたいでごめん」
ひまりはレオをちらりと見て、また目を反らした。
「別に」
「じゃぁさ、仲直りしてくんない? クッキーは買ってくるから」
「ケンカしてないし」
レオは為すすべがなくなって、ぼんやりとそこに立っていた。
しばらくしてひまりが振り返った。珍しく真っ直ぐな視線で彼女が見返してくる。
「薬は飲んでる?」
そう聞かれて、レオは首を捻った。「何の? 怪我の?」
「違う。心療内科とかの」
「ああ…。うん、依存症かってぐらい飲んでる」
レオが言うと、彼女はふわっと笑った。「やっぱり。どれぐらいで通ってるの?」
「月一か二回ぐらい」
「私は三ヶ月に一回」
「へぇ」レオは驚いた。もう彼女には必要なさそうに思えたからだ。
「私たちみたいな子はね、一生、カウンセリングや薬や何かが必要なんだって。でもね、自分の人生を作ることも絶対にできるから。あんたは知ってるかもだけど」
「いや…俺は全然」
「無意識か」ひまりは微笑む。「そういうところがバカ」
「え」
「でも、そういうとこがいい。お帰り。ちょっと心配してた」
照れるようにひまりが言って、レオは首をひねった。
「んじゃ、仲直りってことで?」
「ケンカしてないけど」
「え、でも冷たかったから、すげぇ嫌われてんのかって思って。絶対怒らせたって」
レオは右手を出した。ひまりがそれを見つめる。
「あ、ザラザラしてるけど、火傷で。痛くはないから」
ひまりはそっと自分の手を出した。レオはその細い手をぎゅっと握った。
「仲直り、な」
パッとひまりが手を離し、レオは背後からヘッドロックを受けた。
「レオ、何、女子に触ってんだ、この野郎」
元気がからかい、ひまりは教室にさっさと戻ってしまった。
「くそ、やっぱりレオだったか」
元気がレオの腹を軽く殴る真似をした。
「ひまりちゃん、三人以上バッサリ振ってんだ。俺は怖くてできなかったけど、やっぱ本命はおまえだったか。この野郎、羨ましいぞ、くそくそ」
レオはポカポカ殴られながら、元気が言っていることを考えた。
「激しい誤解だろ、たぶん」
「レオ、悪いことは言わん。正式にお付き合いを申し込んでみてくれ。おまえが玉砕したら俺が行く」
「なんで」レオは笑った。そして教室のひまりを見る。ひまりは机に伏せていて表情は見えなかった。
「あの赤い顔を見てないのか。耳まで真っ赤だったぞ」
レオは眉を寄せた。「すげぇ不機嫌だったんだ」
「手をつないでたじゃないか」元気は唾を飛ばす。
「仲直りしてた」
「ケンカしてたのか?」
「ケンカはしてないって言われた」
「じゃぁ手をつないでただけじゃないか」
「ああ…」レオは考えた。「そうかも」
元気がまたヘッドロックして、レオは逃れようともがいた。
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