2 事の顛末

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 私と柳は莉緒のあとについて、再び街路を歩き出した。莉緒は歩きながら、ポーチから出したスマートフォンで通話をしていた。 「そこのコンビニまで連れていく」と話しているところから、通話相手は青人であるとすぐにわかった。  交差点の横断歩道を渡り、三人でコンビニの前まで来ると、莉緒が振り返った。 「ここで待ちましょう。すぐに青人が来ますから」  私たちは言われた通り、店のガラス壁に沿って並んで立った。雨など降っていないのに、軒下で三人並んで雨宿りでもする格好となった。  柳は少し離れた灰皿の前まで行って、一人煙草を吸い始めた。黙っていても、おそらくこの女性から話し出すことはないだろう。そう思った私は、記憶にある彼女についての数少ない情報を短時間でかき集めた。そして、自ら会話の口火をきった。 「莉緒さんも大学生なんですか」 「ええ、そうです」 「もう進路は決まりました?」 「ええ、まあ一応」 「やっぱり青人と同じように、製薬研究ですか」 「いえ、私はもうその方面からはとっくに引退してるんで」 「そうですか」  思うように弾まない会話にもどかしさを感じたが、それを顔には出さないようにした。進学や就職に関して、同様の質問が莉緒の口から出ることはついになかった。もし、柳が傍にいたら「莉緒さんは、お前に興味ないんだよ」とはっきり言ってきそうだなと思い、少し笑いそうになった。  莉緒のこのミステリアスな態度に、答えの出るはずのない思いを巡らせるうち、青人が徒歩で現れた。 「悠木、早かったな」 「ああ、一本早い電車で来たんだ」言いながら、青人の姿態にも目を奪われてしまった。  堂々とした自信あふれる身のこなしは、高校時代と変わらなかった。グレーのⅤネックシャツに、色落ちしたジーンズ、そして足元には光沢のある茶色い革靴。シンプルさは我々と大差なかったが、青人が着ることでそれぞれが高価なインポートブランドに見えるのは不思議であった。青人の服装を我々がそのまま真似たとしたら、たちまちセール品の寄せ集めのようになってしまう。 「持って生まれたものが違うのかな」私は思わず、ため息まじりにそう漏らした。青人はそれを聞いて「ん?」と、訊き返したが、莉緒と柳が輪に加わったことで会話は別方向に流れた。 「マナミちゃんも来れば良かったのにね」莉緒が青人に言った。莉緒の口角は上がっていて、心なしか意地の悪い笑みにも見えた。青人はそれに対し「馬鹿言うな」と、うんざりしたように答えた。 「マナミって誰」当然のごとく、柳が質問をはさんだ。知らない女性の名が出たことで、私も柳と同じ気持ちで青人の返答を待った。 「青人の可愛い彼女。憎らしいほど可愛い、ね」莉緒が青人に軽く目配せをした。青人は若干顔を赤らめながら、それとはわからないほど小さくうなずいた。それを見た我々の喉に、多くの下世話な質問がこみ上げたが、それをさし挟む余地はなかった。 「じゃあ、あとで」莉緒は青人に言うと、我々に背を向け、もと来た方へ歩き去ってしまった。 「莉緒さんは来ないの」柳が目を丸くして誰にともなく尋ねると、「ああ、莉緒はこれから、ちょっとな」と青人は言葉を濁した。  私はそれを聞きながら、莉緒の後ろ姿を目で追っていた。そのしなやかな身のこなしからは、ごくわずかの迷いもない確固たる意志がうかがえた。その機敏なふるまいは私に、針穴一つ分の寂しさを感じる暇さえ与えなかった。  また、私と同じように彼女を見送る柳に対し、「莉緒さんが来れなくて、残念だったな」という台詞を思いついた。しかし、大して気の利いた冗談とも思えず、それを架空の味気ないガムとして、永久に飲み込んでおくことにした。
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