エピローグ

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『伊東MAI』と打ち込むと、俊輔は、送信ボタンを押した。受付が完了したことを確認してから、ノートパソコンを閉じる。 「これでOK。今日から麻衣は、正式においらの家族だ」  ダイニングテーブルに頬杖をついていた麻衣が、ニコリと笑った。 「ありがとう。どんなお仕事をしよっかな。近所のお花屋さんとか、アルバイトを募集してないかな?」  一連のスキャンダルが明るみに出て、井伊政権が崩壊したが、AIに関する法案のいくつかは成立し、昨日、施行された。  参政権こそ認められなかったが、AIロボにも戸籍登録が認められ、職業選択の自由も与えられたのである。 「じゃあ、行ってくるね」  逮捕されたちょび髭社長は、井伊総理の指示で新造AIロボに不正プログラムを仕込んだが、もう一つ、人間の社員をすべて解雇し、AIロボと入れ替える計画も持っていたらしい。  そのメリットは、他社に先駆けて計算能力の高いAIを社員化することで、業界で圧倒的に優位な立場に立てるということだけでなく、不正プログラムによってそれらを従順な性格にすれば、会社を統制しやすくなるということもある。不正プログラムを仕込んだAIの増産は、井伊総理の集票したいという願望とも合致して、誰にも止められずに暴走したらしい。  俊輔は、普段より二本早い電車に乗り込んだ。新社長が就任することになり、臨時で開催する朝会に招集されたのだ。  俊輔は、車窓から見える都会の風景を眺めながら、あの日のことを思い出した―― 「ちょっと待って。まだ、俊輔さんはちゃんとは理解していないわ。勝浦さん、ベンチャー企業の成り立ちのこと、もっと、丁寧に説明した方がいいわよ」  井伊総理のスキャンダルを打ち明けた勝浦が診療室を出ようとした時、福沢が勝浦を呼び止めた。 「え? そうですか? ちゃんと説明した気になっていましたけど……」 「してないわよ、ベンチャー企業を立ち上げた時のこと。まるであなたは、(いち)開発者のような言い方をしていたじゃない?」 「え? 勝浦さんが、社長や高岸さんを開発されたんじゃないんですか?」  俊輔が口を挟む。 「それはそうよ。でも、そうしようと決めた社長っていうのが……」  福沢が言いよどむので、勝浦の方に視線を移した。 「そうか。そこは曖昧にしてしまっていましたね。ショーカソン社を創業したのは、私です。だから、当時の社長も私だったんです」  俊輔は、口があんぐりと開いて、閉じられなくなった。 ――道理で、勝浦に品があったわけである。  俊輔は、勝浦がショーカソン社の創業者だということを、あの時初めて知った。  そして、今日、その勝浦が社長に返り咲くのである。  俊輔は、新しく生まれ変わる会社が楽しみで、朝から心が弾んでいた。  講堂に入ると、既にホールは社員で埋め尽くされていた。皆、表情は明るい。  壁や天井の補修された跡は、あの日を思い出していい気はしないが、明るい未来が待っていると思うと、それも気にならなくなる。 「おはようございます、俊輔さん」  挨拶された方を見ると、すっかり見慣れたイケメンがいた。 「おはよう、ユウト。今日から、正社員になるんだってね」 「そうなんです。正式に採用されました。よろしくお願いいたします!」  そろそろ社長が登壇する頃だろうと察して、会場が静かになる。そんな中、講堂の後ろから、聞き慣れた声がした。 「あら、やだ! もう、遅刻寸前じゃない! あぶなかったわ、ホント! ヤバいヤバい」  髪の毛をボサボサにしたままで、アイサが駆け込んできた。  俊輔は、口に人差し指を当てて「シー」と言いながら、反対の手で、アイサを手招きする。  結局、アイサのオーナーは現れずじまいだった。今は、それを不憫に思った高岸と暮らしているはずだが。 「アイサ、おはよう。キミも今日から、正社員だね」  俊輔が、声を殺して、アイサに話しかけた。 「そうなのよ。それなのに、初日から遅刻寸前で、ヤバかったわ」 「ところで、高岸さんは?」 「もうすぐ来ると思うわ。あの人のせいで、私まで遅刻しそうになったのよ。全く、朝が弱いんだから……」  司会者の開会宣言で、朝会が始まった。  社長の勝浦が登壇する。 「えー、皆さん、おはようございます。この度、ショーカソンロボティクス社の社長に就任しました勝浦です。どうぞ、よろしく、おねが……」 「ヤッベエ! 遅刻だ! 遅刻だ、遅刻! 遅刻してしまったわ。勝浦さんの晴れ舞台だっていうのに、あちゃー!」  マイクを通した勝浦よりも大きな声を出して、どかどかと足音を立てながら、高岸が走ってくる。 「おい、高岸、静かにしろ。私がしゃべってるんだから」 「あ、はい。すいません……社長」  平謝りした高岸の首に掛かった名札には、『高岸』と印刷されていた。 【完】
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