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「……であるからして、わが社としては、さらに、2%ほどの固定費を削減しないと、立て直せないわけだ。な? わかるだろ?」
ステージ上のちびデブは、今期の業績をホログラムに映し出して、俊輔ら社員に危機感を煽っている。
「おい、そこのオマエ。じゃあ、オマエが社長だったら、どうする? 答えてみろ」
最前列の男が、指を差されて、しどろもどろになりながら、何かを答えている。
(ん? もしかして……)
俊輔は、聞き覚えのある声の主を確かめようと、背伸びをする。……が、見えない。
「あぁあん? 聞こえんな。男だったら、腹の底から、しっかりと声を出さんかい! オマエも首だ。このクズ野郎!」
親衛隊が最前列の男を捕まえて、頭上に持ち上げた。
「うわっ、モンタだ……」
俊輔は、同じ職場の同期である井上モンタが担ぎ上げられるのを目の当たりにして、思わず声を出してしまった。
(やばっ!)と咄嗟に両手で口を押える。
幸いにも、同じタイミングで、最前列にいたモンタの周辺でざわめきが起こった。
「ワシがしゃべってるのに、何を騒いでいるんだ。今、声出したヤツ、全員クビ。とっとと出ていけ!」
親衛隊が前方の社員たちを次々に確保して、後方に連行していく。
俊輔は、ステージから目を離さないようにしていようと気を引き締めていたが、どこかプチンと糸が切れたようで、連れていかれる社員たちを目で追った。
先頭のモンタをはじめ、皆、肩を落として項垂れている。
今、世間は、未曽有の不景気。それに、AIロボが人間の仕事をどんどん奪っていって、単純作業の働き口はほぼ無い。
人間の仕事は、倫理面を考慮してつくられた法律によって守られた領域しか残っていない。
(モンタ、かわいそうに……すぐに再就職先なんて見つからないだろうよ)
「残ったキミらは、ラッキーだったな。これで、会社は立ち直るかもよ? だって、今、十人ほど首にしちゃったからね。これで、2%の固定費が浮いたってことよ。わかる?」
俊輔は、社長の演説を背中で聴いた。そんな無礼は、恐れ多くて、普段なら絶対にしないことだが、思いがけない同期の解雇劇に気が動転している。
(ひどい会社だ……こんな横暴が許されるなんて、この世の中は、どうなってしまったんだ……)
俊輔が後方の開け放たれた扉を眺めていると、親衛隊に連れ出される社員らとすれ違うように、大柄な男が入って来た。
髪は寝ぐせのついたままで、グレーの作業ズボンのポケットに両手を突っ込んで、こちらに向かって歩いてくる。
俊輔は、見覚えのある顔に、思わず目を背ける。
「おぉう、俊輔。おはようさん。ちと、寝坊しちまったぜ」
がっちりと肩を掴まれ、俊輔は、怯えるように顔を見上げる。
俊輔の上司、高岸晋作がアゴヒゲをかきながら、ニヤニヤと笑っていた。
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