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1.社長登壇
ドーン、ドーン、ドーンと銅鑼が鳴り、二人の美人秘書を従えて、ワンマン社長が登壇した。
天井が揺れるほど騒がしかった講堂が、水を打ったように静かになった。五百人ほどいる社員全員に緊張が走る。
「えー、諸君。おはよう」
どこからがアゴかわからないような、まん丸とした顔の社長は、みかんをひと房、口に入れて、くちゃくちゃと噛んだ。そんな下品な音も集音マイクが拾う。
「くちゃくちゃくちゃ……わが社の業績がここんとこ芳しくないのは、知っているよね? みな、どういう思いでいるんかな? くちゃくちゃ……」
(ちびデブのちょび髭……もとい、わが社の社長のクセ強演説が始まっちゃったな)
列の最後尾に着いていた伊東俊輔は、そんなことを思いつつ、ため息をついた。
「おぉぉいっ! おいおい、一番後ろのオマエ! 今、あくびしたろっ!? こんな状況なのに、お前には、危機感が無いのか!?」
社長が鬼のような形相で、俊輔の眉間に目掛けて指を差した。
「言い分があるなら、すぐ言え。三秒以内だ。さん……、にぃ……」
やばい……。俊輔は全身の穴という穴から、汗のような嫌な感じの汁が染み出す。何を言ったら助かるのか……助かりたいけど……ダメだ、何も思い浮かばない。
「あくびじゃないです。社長のありがたいお言葉を耳にして、とっても感心して、頷いていたんです! あくびなんて、決してしておりません!」
声のした右隣に首を向けると、同じように汗だくになった若者が、俊輔にもわかるくらい激しく震えていた。
「ふふふ。聞き苦しい言い訳だな。自分でもわかっているだろ? 怒ったワシにそんな言い訳が通じるわけないだろ? 少しは気の利いたことが言えんのか、アホが」
「ほ、本当なんです! 許してください。今後もこの会社に尽くし、社長に尽くしますので」
「嘘つけ、ポンコツが。首だ。すぐにこっから出ていけ!」
社長が言い終わるや、講堂を取り囲んでいた黒いツナギをきた男たちが若者に向かって駆け寄ってくる。
若者の目は宙を舞い、わなわなと後ずさりする。
俊輔は、憐れに思うも、声も出せず、一歩も動けない。
「い、いやだー! やめてくれ! おれは辞めたくない! ここで、働きたいんだー!」
若者の叫び声も空しく、黒ツナギたちは、あっさりと若者を担ぎ上げて、最後方の扉から出て行った。
(親衛隊だ……)
俊輔は、社長直属組織に配属された親衛隊の実力行使を見るのは慣れていた。
最初に目にしたのは、開発部門のエースだった勝浦小五郎の連行だった。
なんでも、社長と意見が合わなかったようで、政府の関連機関への出向命令が下ったらしかった。その指示書を持った親衛隊が開発フロアに現れ、勝浦を強制的に退去させたのだった。たまたま問い合わせのために開発部門を訪れていた俊輔は、噂に聞く黒ツナギをこの時初めて見た。
あの時以来、色々な部署で、左遷や出向があるたびに親衛隊が登場し、実力行使するのを見てきた。
よく訓練されている。仕事ができる精鋭部隊だと、ちびデブのちょび髭が褒めちぎるのも頷ける。
ただ、俊輔からすれば、会社の本業ではない所に、そんなに多くの人を配置するのはどうかとは思っていた。
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