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夏よ、虹色に染まれ
「あっちぃ〜」
そう言ってタオルで汗を拭いながら大量の荷物を持って教室に入ってきたのは、隣のクラスの葉山くん。
窓際に座る私を見つけると、パッと笑顔になって迷わず隣の席に腰掛けた。
「まだすずだけ?」
「うん、葉山くんも夏期補習とか受けるんだね」
「さすがの俺も二年になったら受験とか意識するから」
そう言って、彼は白い歯を見せてあっけらかんに笑う。
サッカー部のエースでもあるけれど、「勉強第一」と顧問の先生が夏期補習は受けられるように、部活は午後から開始するように配慮してくれているらしい。
「荷物だけ先に部室に置いて来ればよかったかも」
「重そうだね」
「うちの母親がさ、熱中症になるでしょってめちゃくちゃ水筒持たせてくるんだよ」
ぶつくさと文句を言っているけれど、こういうのも久しぶりだなと懐かしい気持ちに浸ってしまう。
葉山くんとは、一年生のときにクラスが同じだった。
何故か席替えの度に何度も隣になってしまい、先生にまで「何か小細工をしてるのか」と疑われるほどだった。
楽しかったあの日々が蘇ってきて、懐かしい気持ちになる。
「夏期補習って席自由だよな」
「去年はそうだったよ」
「じゃあ、すずの隣に座ろっと」
「サッカー部の人も来るんじゃないの?」
わざわざ私の隣に座らなくても……と言外に言ってみても、にかっと笑った葉山くんは首を横に振った。
「あいつらはどうせ部活で一緒だし」
「……」
「それに、こうしてるとさ、去年に戻ったみてぇじゃん」
「……まぁ、そうかも」
机に乗せた腕に顔を伏せた葉山くんが、去年のことを思い出したように、瞳を輝かせて見上げてくる。
悪戯な視線を直視できなくて、うまい返事ができるわけでもない私は曖昧に言葉を濁すことしかできなかった。
――好きだ、って。
去年伝えていたら、今の私たちはどうなっていたのだろう。
……なんて、そんなたらればをいくら考えたところで今が変わるわけでもないのに。
夏期補習、最後の日。
バケツをひっくり返したような勢いの雨が、授業が終わると同時に降り始めた。
窓の外から夏期補習を盛り上げてくれた蝉の鳴き声も、さすがに今は聞こえない。
立ち上がって、教室の窓から水溜まりができたグラウンドを見つめる。
「あーあ、ドロドロじゃんか」
苦い顔をした葉山くんが隣に並んだ。
「こんな天気でも部活あるの?」
「まぁ、筋トレとかなら中でもできるから」
「へぇ、大変だね」
「やりたくてやってることだから」
隣に立てば去年とは目線の高さが違って、彼の身長がぐんぐん伸びていることがわかる。
こうやって、あっという間にどんどん知らない葉山くんが増えていくんだな。
そう思えば、胸の奥がちくんと痛む。
その痛みを振り切るように窓を開ければ、途端に大きくなる雨音。
そして、もわんと嫌な湿気が教室に入り込む。
葉山くんが隣で「あーあ」とぼやいた。
「すずと授業受けるの、楽しかったのになぁ」
終わっちゃえばあっという間だな、と彼は残念そう。
チラリ、隣を盗み見れば私と同じように雨の止まない空を見上げていた。
「…………すき」
その横顔に見惚れてしまって、思わずぽつりと落ちた言の葉。
いつかは想いを伝えたいな、そう思っていたけれど、まさかこんな形になるなんて。
サッと血の気が引く。
足が馬鹿みたいに震えて、だんだん力が抜けてきて、うまく立っていられない。
彼の反応を確認することができず、慌てふためながら下を向けば、彼の指先がそっと私の指を絡めとる。
「……俺もずっとすずのことが好きだった」
その言葉に恐る恐る顔を上げれば、耳まで真っ赤に染まった彼が恥ずかしそうにこちらを見ていた。
ズキュン、胸の奥が高鳴る。
お互いに照れてしまって、嬉しいのに何も言えない。
ふと視線を窓の外に向ければ、知らないうちに雨は上がっていて、雲の隙間からは太陽がひょっこりと顔を出していた。
「……あ、虹だ」
七色の淡い光がアーチを描いている。
それを見つめながら、私は繋がれた彼の手を握り返した。
雨が降らないと、綺麗な虹は見れないから。
たまには雨も悪くないかもな、って。
喜びをじわじわと噛み締めながらそんなことを考えていれば、葉山くんが私の名前を呼ぶ。
「すず」
「うん?」
「俺と付き合ってくれる?」
「……お願いします」
照れくさくてはにかみながら見上げれば、彼は陽だまりみたいに優しく微笑んだ。
夏によく合うソーダみたいにパチパチと恋心が弾けて、世界が虹色に染まって見えた。
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