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固まっている武史を放って、笑いを堪えながら独り言のように説明をする。状況は分かりやすく簡単だったので、説明も難しくない。
武史は絵の横にあったスケッチブックに、ビッシリと自分の絵が書かれてあるのを見て、勘違いをしたのだろう。
私が武史の事を好きなのだと。
無理もない。
厚めのスケッチブック1冊が全て自分で埋めつくされていたら、普通はそう思うのかもしれない。
だから、真実を証明する為にこれまでの作品とそれに付随するスケッチブックを武史の前に並べて見せた。
私は写生を行う時、作品以外にパーツ毎や、別の角度、他のポーズも全てスケッチブックに、写生しないと気が済まないタイプなのだ。1つの被写体を360度、描かない部分も別紙に描く事で作品に対する不安を取り除いていく。
だから大体、1つの作品に2、3冊のスケッチブックが、費やされてしまう。
「だからね。このモデルだと、ほら。この人だけで2冊埋まってるでしょ?」
「被写体だけじゃないよ?こっちのスケッチブックには、水地君のいない教室や机と椅子だけでほとんど埋まってるし……」
「それに、美術に、興味無いとキモイのは違いないと思うよ。家でも親からスケッチの数が気持ち悪いって言われてるし」
「ご、ごめんなさい。……もう、分かったから勘弁して……」
大きな身体も、しゃがみこんでは小さくなる。
顔を両手で覆って、小さな声で謝る武史の頭頂部を私はニヤニヤと見下ろしていた。
あの時も、2週間くらいは教室に現れなかったけ?
武史は傷つくと、しばらく距離をとりたがる。
性的アイデンティティが脅かされると、一段とおネエ言葉がきつくなる。
電話では見えないけど、今まで何度も見てきて武史の顔がハッキリと浮かぶ。
目を伏せがちになり、男性にしては長いまつ毛で瞳を隠す。いつもは眉尻の方が太くても華奢なイメージの顔が、眉を僅かに顰めただけで凛々しく変わってしまう。
武史の顔から感情がかき消されてしまうのに、見えにくい瞳が揺れていて保護欲が掻き立てられる事は武史も気づいていないだろう。
「もう!初対面の人間に何言われたって、気になんか、しなきゃいいのに。」
来週までの数日間、恋人を失った事も忘れてソワソワと落ち着きなく過ごすことになった。
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